今 俺が見ているのは、遠い日の想い出だ。




ずっと前の、俺にとって大切な想い出。









hat is your hope ?









ここはどこだろう、と目をこする。

焼けた後の大きな屋敷と、皮肉なくらいに青い空。

その蒼穹には真っ白な雲がところどころに浮いていて、見ているだけで何故か哀しくなる。

そんな寂しい場所に、は立っていた。

現実?いや、自分は確か魔女と戦って意識を失ったはず。

ということは、夢?それとも、過去?

屋敷“だったもの”は無惨にも焼け落ちていて、今はただの瓦礫と化している。

こんな場所、見たこともない。

いや、本当に?

嘘だ。自分はこの光景を知っている。

この哀しいくらいに明るい場所を、知っている。

屋敷跡の前に座り込んでいる小さな背中。泣いている少女。

声を出さず、ひたすら涙だけを流している少女。

は少女を見て、目を見開いた。

「(・・・あの子は・・・過去の、俺・・・なのか・・・?)」

自分の姿は、きっと少女に見えていない。これは、恐らくは夢なのだから。

目の前の少女が自分だとわかった瞬間、みるみるうちに過去が蘇ってくる。

グロテスクな血飛沫や、死にゆく両親の叫び声。初めて本当の恐怖を感じたのもこのときだ。

背筋が震えた。気味の悪いぎょろりとした目のモンスターを見て、隠れることしか出来なかった。

今目の前にいる幼い自分は、両親が死んだから泣いているのではない。

何も出来なかった弱い自分が悔しくて泣いているのだ。

戦うことが出来なかった情けない自分が悔しくて。

「ぜーんぶ燃えちまったんだな。」

声がした。

のんきな男の声だ。

幼いは振り返る。そこには、髪の長い男性が立っていた。

男性は屋敷跡を見て溜息をつく。

は不信そうに眉を寄せた。見知らぬ男性だ。幼いが警戒するのも当たり前である。

は明らかに威嚇を込めた声で言った。

「・・・お前、誰。」

エスタの大統領。

「冗談ならやめて。」

幼いはすぐに男性から目をそらした。

今は誰にも触れられたくなかった。心にも、体にも。

独りでいたかった。口を開きたくなかった。

けれど男性は「ヒドイなぁ」と呟いて、お構いなしにに歩み寄る。

は振り向かなかった。無視していれば、そのうち去るだろうと思っていたからだ。

「昨日さ、ここの近くで野宿してたんだけど、こっちの方から大きな炎が見えて。

イフリートでも召喚してるヤツがいんのかなぁと思ったんだけど、火事だったんだな。」

「・・・もう私に構わないで。早くあっちに行ってよ。」

ああ、まだこの頃は自分のことを「私」と言っていたんだっけ。

光景を見つめながら、思う。

幼い自分には、この男に去るように言うくらいしか出来なかったんだ。

けれど、男性は去らなかった。

男性は屈み込み、優しくの肩に触れた。

そして、とびっきりの笑顔で言う。

「俺はラグナ。ラグナ・レウァール。お嬢ちゃんは?」

「・・・・・・。」

「おいおい、名前くらい教えてくれたっていいだろ?」

困った表情を浮かべるラグナ。

はラグナをしばらく睨み付けていたが、やがて拗ねたように呟いた。

「・・・。・・・・イオザム。」

ちゃんな。」

「ちゃんなんて呼ばないでよ、気色悪い・・・。」

「んじゃ、。」

は、このとき初めてしっかりとラグナの顔を見た。

驚いた顔でラグナを見つめ、そのまま固まっている。

ラグナはそんなの頭をぐりぐりと撫で、それから立ち上がった。

「お墓、作んなきゃな。」

「別に・・・お前に手伝ってもらわなくたっていいよ・・・。」

が言うと、ラグナは違う違う、と手を大袈裟に振った。

は眉をひそめて首を傾げる。

「俺は“お前”なんて名前じゃありませーん。言っただろ?ラグナ。ラグナだってば。」

言うと、ラグナは腰に手を当てて屋敷の瓦礫を見つめた。

この瓦礫の下に、何人の者が眠っているのだろう。

の両親はもちろん、メイドや執事、シェフ。思い浮かべただけでも、20人はくだらない。

「ラグナくん。単独行動は控えてもらいたいな。」

別の声がして、とラグナは振り返った。

黒人の男性と、巨体の男性がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

ラグナは「悪い悪い」と苦笑して言い、に向き直った。

「こいつらは俺の親愛なる友人!キロスくんとウォードくんでーす。」

「キロス・・・ウォード・・・。」

は言われた名前を繰り返す。

キロスという名の男性がラグナに尋ねた。

「この子は?」

「この焼けた屋敷のお嬢さまの・イオザム。今は天涯孤独の身、かな。」

天涯孤独。その言葉が、胸に突き刺さる。

もう、誰もいないんだ。

両親も、優しくしてくれたメイドも、悪口ばかりだった執事も、兄のも。

そう考えると、無意識のうちに涙が込み上げてくる。

先程泣き止んだのに、また鼻がツンとする。

「早くエスタに帰るぞ。世界を見て回るなんて、大統領のすることじゃない。」

キロスが言った。どうやら、エスタの大統領というのは嘘じゃないらしい。

そうだ。早く帰ってしまえ。こののんきな男と一緒にいると、訳がわからなくなってくる。

放っておいて欲しいのに、そうしてくれない。

触れて欲しくないのに、優しい手で触れてくる。

そんなラグナと、一緒にいたくなかった。

なのに。

「帰るのはいいんだけどね、その前にお墓作り。」

「は?」

キロスが頓狂な声を上げ、はラグナを見た。

ラグナはに笑いかけると、キロスに向き直って言う。

「イオザム家の皆さんを、安らかに眠らせてあげたいんだよ。このままじゃあまりに可哀想だ。」

ラグナは瓦礫を見つめ、それから目を伏せた。

は目を細める。この男でも、こんな悲しそうな表情をするのか、と思った。

キロスはウォードと顔を見合わせ、ラグナに言った。

「・・・レインのことか。まだ引き摺っているのか?」

「いや。けど、墓くらいは作ってやりたいんだよ。生きてる俺達に出来ることは、墓を作ることと

死んだその人達を忘れないってことくらいだからさ。」

はこのときに直感した。

ラグナは、過去に大切な人を失っているのだ、と。

けれど、ラグナはすぐに哀しげな表情を引っ込めてニッと笑った。

そして、キロスとウォードの背中を思い切り叩く。

「さっ!!君達も手伝いたまえ!!」

キロスとウォードはよろけ、諦めたように溜息をついた。

「・・・大統領のお望みならば、仕方がないな。」

結局、ラグナ達3人は墓を作るのを手伝ってくれた。

元屋敷の庭だったところに穴を掘り、一人一人丁寧に埋めていく。

埋め終わると、近くの花という花全てを摘んで、墓に捧げた。

は出来上がった墓を見つめて、しばらく動くことが出来なかった。

これで本当にお別れなのだと考えたら、この場を去りたくなかった。

ラグナ達はそんなを見守っている。

。お前、これからどうする?」

ラグナが言った。

どうする?わからない。考えられない。

今まで屋敷の外に出たことなんてなかった。外を夢見てはいたが、外に出たのは初めてだ。

しかも、助けてくれる人は皆死んでしまった。兄はどこにいるかわからない。

一人で、どうすれば良いと?

黙っていると、足音が聞こえてきた。

その直後に、急に引っ張られてぎゅっと後ろから抱き締められる。

は驚いて、上を見上げた。逆さに見えるラグナの顔。それは、とても優しいものだった。

「エスタに来いよ。俺の国だから安全だぜ?一人で生きたいって言っても、今はまだ無理だろ?

モンスターだってうようよしてるこの時代だ。戦闘方法なら、俺がみっちり教えてやるよ。

これでも元兵士なんだぜ。現大統領だけど。

天涯孤独、なんて言い方もあるけど、『俺は自由だぜ、うおっしゃー!』ってのも悪くないんじゃない?」

は、また涙が込み上げてくるのを感じていた。

なんでこの男は、こんなに優しいのだろう。

放っておいてくれればいいのに。そうしたら自分は何も考えずにズタズタになって、死ねるかもしれないのに。

なのに、なんでこんな風に手を差し伸べてくれるのだろう。

望んでいない。望んでいないはず。

けれど、涙は止まらなかった。

は涙を隠すように自分を抱き締めたラグナの腕に顔を押し付けた。

そして、本当に小さな声で言う。

「・・・ありがと、ラグナ・・・。」

「うん。」

嬉しそうに微笑むラグナ。

は、ラグナに抱き締められたまま泣き続けた。

今まで感じたことのない、“家族”のぬくもり。これがそうなのかと思った。

父親にも母親にも突き放されて、大好きだった兄はある時を期に戦闘才能を開花させて

自分を虫ケラのように見るようになった。そして、今は行方不明だ。

どうして、こんな優しくて馬鹿なヤツがこの世にいるのだろう。

どうして、涙が出るのだろう。





、ガンブレードの持ち方はこうだって。」

「・・・こうか?」

「そうそう。」

「・・・なぁ、これって銃の持ち方じゃねぇか?」

「まっ、細かいことは気にすんな!!戦えれば全て良し!!」

「意味わかんねーよ!ってか、結局は間違えてんじゃねぇか!!」

ラグナは、ガルバディア・ガーデンに入学するまでの2年間、ずっと一緒にいてくれた。

優しくて、ドジで、馬鹿で、間抜けで・・・だけど温かい。

新しい人生を歩むと思って、自分を変えた。

今まで思ってた、理想の自分に。男にも負けない、強い心を持つように。

そう考えてたらいつの間にか一人称は変わってしまうし、しゃべり方も変わってしまった。

けれど、ラグナは変わってからのの方が好きだと言ってくれた。

ずっと一緒にいて、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に考えてきた。

10歳になってガルバディア・ガーデンに入学することになったとき、酷く心細く思ったものだ。

けれどラグナは言った。「辛くなったら、いつでも戻ってきて良い」と。

その言葉が心の支えになってくれた。自分には帰る場所があるのだと教えてくれた。

行方不明の兄を探したい。そう言ったら、ラグナは探してやる、と言ってくれた。

けれど、自分の足で歩んで、進んで、そして探し出したい。

だから、ガルバディア・ガーデンに入学することに決めた。

別れの朝、は泣かなかった。2年間で、立派に成長していた。

今生の別れというわけじゃない。また、必ず会えるから。

同じ空の下にいる。会いたくなれば、どちらからでも会いに行けばいい。

そう思えたから。

ガルバディアに向かう船に乗り込む前、はラグナに思い切り抱き付いた。

優しいラグナの匂いを忘れないように。

けれど、ラグナが抱き返してくれる前にすぐに離れた。

ラグナが抱き締めてくれたら、きっと泣いてしまうに違いなかったから。

は振り返らない。しっかりと自分の足で歩み、前へと進む。




「(そしてガルバディアで・・・兄貴が世界で最強のSeeDになったことを知った・・・)」









「お目覚めか?お姫サマ。」

声。動かそうとすると、ズキリと痛む体。

いや、それ以前に動かない体。体の節々が悲鳴を上げる。

は小さく呻き、ゆっくりと目を開けた。そして、今の自分の状況をやっと理解する。

目の前には冷笑を浮かべたが立っていて、自分はそれを見下ろす形だ。

足が床についていない。今自分は、壁に磔(はりつけ)にされていた。

夢。今見ていた過去は、やはり夢だった。

が喉で笑って言う。

「夢でも見てたのか?」

「・・・ああ。」

は気怠げに答える。頭がはっきりとしていないからかもしれない。

はニヤリと笑い、腰の剣を抜いた。そして、を見据える。

「何が始まるのか想像出来るよな?」

の手には剣。そして、逃げることが出来ない自分。

わかり切っている。拷問だ。

「てめぇは何が知りたいんだ?」

「SeeDとは何だ?イデアが知りたがっている。」

「は?兄貴だってSeeDだろ。SeeDは戦闘のスペシャリスト。傭兵のコードネーム。」

はつまらなそうに鼻で笑い、言った。

「お前知らないのか?俺はSeeDと呼ばれているが、実際はSeeDじゃない。

最強の強さを持っているから、SeeDなんじゃないかと言われてそのまま確定してしまったんだ。

俺はどこのガーデンにも所属していないし、言ってみればSeeDではなく魔女の騎士だ。」

「魔女の騎士・・・。」

この男の口から、そんなキザなセリフが出てくるとは思いもしなかった。

笑いを通り越して吐き気がする。

「本当のSeeDは俺じゃなくてお前だ。SeeDにしか知らされない重要な秘密があるんじゃないか?」

「残念ながらないな。んな話聞いたこともねぇよ。それに、もしあったとしてもお前に話すわけないさ。」

「俺の後をついてテケテケ歩いてたお前が、そんなことを言うようになるとはな。

ま、簡単にしゃべるとは思っていなかった。予想通りだ。」

「光栄だね。」

ガーデンで訓練は受けて来ている。そう簡単にやられてたまるか。

は笑みを浮かべたまま剣をに向けると、その切っ先でゆっくりとの腕を撫でた。

「っ・・・!!」

剣で撫でられたところに激痛が走る。真っ赤な血が浮かび上がり、床へと落ちる。

「まぁ、お前が吐かなくても他の奴らが吐くだろうけどな。

スコールとかいうあのガキも、今頃サイファーの餌食だぜ。可哀想にな。」

スコールという名に反応し、を睨み付けた。そして吠える。

「皆いるのか!?」

「ああ。俺はお前の苦しむ姿が見たいから、お前専門にやらせてもらってるけどな。」

「・・・変態サディストが。」

「俺が見たいのはお前の苦しむ姿だけだ。さて、続けようか?」

は剣をの肩に突き刺す。は叫び声を上げそうになったが、ぐっと息を止めてそれを堪える。

ここで叫んでしまえば負けだと思った。

こいつに負けるわけにはいかない。なにより、知らないことを話せるはずもないのだから。

「もう一度聞く。SeeDとはなんだ?何故魔女に抵抗をする。」

「・・っは・・・んなこと知るかよ・・・。」

しゃべる度に傷口がズキリと痛む。けれど、弱いところを見せたくはない。

は何を思ったのか剣を鞘におさめると、鞘ごと手にとってそれでを殴り付けた。

その顔からは、先程の冷笑が消えている。

「口の利き方に気をつけるんだな。その肩の傷、もっと抉ってやってもいいんだぞ?」

「やればいいじゃねぇか・・・俺は、お前には屈しない!」

の表情が、無表情から更に鋭くなった。

目を細め、を睨み付けている。

はゆっくりと剣を振り上げると、表情を全く変えずにそれをの肩の傷に突き立てた。

「ぁあっ!!」

鞘ごと突き立てられたということもあり、さすがに耐えることは出来なかった。

激痛に意識が飛びそうになる。

は剣を傷口に捻り込むように動かし、口を開く。

「ガーデンにミサイルが発射されるぜ。反魔女軍のSeeDを育てている罪で

バラム・ガーデンは破壊される。イデアが決めたことだ。」

「やめ・・・ろよ・・・!」

苦しむを冷たい目で見返し、は続ける。

「ガーデン破壊後はSeeD狩りが始まる。サイファーがイデアの猟犬となってお前らを追い回すだろう。

あいつは魔女の騎士じゃない。ただの犬だからな。」

「サイファー・・・が・・・?」

「自分では魔女の騎士のつもりだろうが、あいつはただの役立たずだ。

強がっているが、俺の足元にも及ばない。・・・馬鹿な奴だ。」

サイファーを嘲笑うを見つめ、は唇をきつく噛む。

「さあ言え!!SeeDの本当を意味を!!」

は死なないよう加減しながら剣での肌を切り刻んだ。

時には鞘で殴り、急所を外し、絶対に死なないように計算しながら。

何度も叫び声を上げた。そのうちに痛みさえも感じないほどに神経が麻痺して来た。

それでも、拷問は続く。

何がここまで兄を歪めてしまったのか。

わからない。何故こんなことになってしまったのか。

何も考えられなくて、頭の中はグチャグチャだった。

体中から流れる血。服は真っ赤に染まり、ところどころ切られたせいで破れている。

痛い。

もう、痛み以外の何も感じない。

心も体も冷え切って、痛みが広がった。

気が遠くなる。が何かを言っているようだったが、何も聞こえない。

「・・・つまらないな。気を失ったか。」

は言い、剣を仕舞った。

の意識は、完全に閉じられている。一見、傷だらけだということもあって死んでいるようにさえ見える。

は溜息をつき、の体を壁からはずして床に下ろした。

「これだけボロボロなら、逃げられないだろ。下手に磔になったまま失血死されても困るしな。」

の顔に、いつもの冷笑が浮かぶ。

鋭い瞳はを映し、何かを企んでいるようにも見える。

は目覚める気配を見せない。相当深く堕ちているのだろう。

普段の血色の良い肌は、今はほぼ白と言って良いほどの青白さである。

ピクリとも動かないは、本当に死んでいるのではと思わせるほどだ。

とりあえず今生きていることは確かだ。ちゃんと呼吸はしているし鼓動も安定している。

「・・・馬鹿な。愚かだな。」

はそう呟き、ふっと笑うと、踵を返して拷問室を出て行った。



バタンと扉が閉まる音が部屋に響き、部屋は無音になる。

しんと静まり返った部屋に倒れているの姿は、恐らく気味の悪いものだろう。

冷たい鉄の床。そこに広がった、小さな血溜まり。

失血死するほどの量ではないが、危険な状態だろう。

「・・・っ・・・」

は小さく呻き、息をたっぷりと吸って、ゆっくりと吐いた。

全身に感覚が戻ってくる。消えていた激痛が復活し、体をズキリと縛り上げた。

呼吸をするわずかな動きですら痛みに変わる。

は瞼に力を込め、出来るだけ痛みを伴わないようにゆっくりと開けた。

見えるのは錆びた天井。首を動かすことすら出来ない。

「(あー・・・いてぇ・・・。やべ、今回はマジかもな・・・。)」

思い、は溜息をついた。

指一本動かすことが出来ないほどにボロボロになった体。

体を動かすことが出来なければ、せっかくストックしてある回復魔法も意味がない。

動かせば千切れそうなほどに痛くなる。自分で魔法をかけるのは不可能だ。

それよりも、スコール達は大丈夫だろうか。

スコールがいるということは、ゼルやセルフィ、その他の皆もいるはずである。

自分は動けない。けれど、せめて仲間達には無事に逃げて欲しい。

はバラム・ガーデンを破壊すると言っていた。

それだけは、阻止したいところだ。いや、阻止しなければならない。

「(・・・俺、ここで死ぬのかな。)」

縁起でもないことを思ってしまう。

けれど、このままの状態が続けばそう時間のたたないうちに自分は死ぬだろう。

体は動かない、魔法は唱えられない、血は足りないし意識は朦朧としている。

まさに八方塞というか、走馬灯でも見えてきそうな状況だ。

いや、それとも先程見たラグナとの想い出が走馬灯だったのだろうか。

「(・・・死にたくない)」

ぼんやりと思う。

自分は、こんなところで死ぬのか。そんなのは絶対に嫌だ。

生きたい。けれど、今の自分一人では生きる術がない。

「(・・・情けない)」

目に、涙が浮かんできた。

「(・・・情けねぇよ・・・)」

温かい涙が頬を伝い、ぱたっ、と床に落ちた。

自分がいなくなったらスコールはどう思うだろう。

仇をうってくれるだろうか。リノアは?ゼルは?セルフィは?キスティスは?アーヴァインは?

・・・スコールは?

サイファーが死んだと思ったあの時と同じように、過去形にされてしまうのだろうか?

はああだった、こうだった、好き勝手なことを言われて。

あの時は心底嫌だと思った。

けれど、今実際にそういう状況に近くなると何故だか諦めの感情が溢れてくる。

もうどうでもいい。何も考えたくない。そういった、負の感情が。

「スコー・・・ル・・・」

涙と血と汗で、もうドロドロだ。

意識を繋げているのもなんだか疲れた。堕ちてしまえば、もう何も考えずに済むのだろうか。

イデアとの決着も、のことも、もうどうでもいい。

ただひとつ未練があるとすれば、自分が死んだらスコールが何を思うか、だ。

自分が死んだら・・・過去形にされたら、スコールは・・・





「スコール!!大丈夫か!?」

ゼルは拷問室に駆け込んだ。たくさんのムンバが導いてくれたのだ。

拷問室の扉を開けると、壁にぐったりともたれたスコールの姿があった。

ゼルはスコールの体を支え、話し掛ける。

ぐったりとしているだけで意識ははっきりしているようだ。

「酷い目に遭った。」

口調もはっきりしているから、心配はなさそうだ。

「とにかく脱出しようぜ! ほら!」

ゼルは看守達から取り返して来たガンブレードをスコールに手渡し、ニッと笑った。

スコールは受け取り、それを腰に装着する。

その直後にセルフィとキスティスが部屋に駆け込んできた。

2人ともスコールの無事な姿を見て安心したようで、ほっと溜息をついた。

「スコール大丈夫〜?」

「無事で何よりよ。」

スコールは頷きかけたが、そこに何人か足りない人物がいることに気付いてハッとした。

「・・・は?」

何故この名前が最初に出てきたのかわからない。

けれど、スコールには今そのことを考えている余裕はなかった。

胸騒ぎが酷く、不安が広がる。

・・・?いや、俺達スコールとは一緒にいるもんだと思ってたから・・・。」

ならもうワンフロア下の拷問室だぜ。」

扉の方から声がして、スコール達は瞬時に振り返った。

白銀の髪を持つ青年は、腕を組んでそこに立ち、冷笑を浮かべている。

「・・・どういうことだ?」

「おっと、そんなにのんびりしてて良いのか?早く行かないと、後悔することになるかもしれないぞ。

何故なら今は体中傷だらけ。失血死するのも時間の問題だと思うけどな。」

スコール達の顔に緊張が走る。

本当なら今すぐにでも駆け出したかったが、スコールは冷静に尋ねた。

もしかしたら、相手の罠かもしれないと思ったからだ。

「・・・お前はの兄なのか?」

「ああ。実兄。」

「ならなんで妹のに酷いことをする?お前がイデアの手先ということは知っている。

だが魔女への忠誠と家族の絆とは別物じゃないのか?」

低い声で問うスコールを見て、はとぼけたように肩を小さく竦めて見せた。

「残念。その質問には答えられないな。それより早く行けば?」

「・・・・。」

スコールはを睨み付けていたが、それ以上が何も言わないと理解すると

すぐさまものすごいスピードで駆け出した。

扉付近のを押し退け、拷問室を飛び出す。

後ろからゼル達が必死に追い駆けて来ているのがわかったが、待っている余裕はなかった。

階段を3段飛ばしで駆け降り、下のフロアに降り立つ。

そして、目の前に見える拷問室の扉を開けた。




!!」

自分でもこんなに慌てたのは初めてではないかと思った。

拷問室に足を踏み入れようとして、ギクリとして硬直する。

目の前の床に倒れたは全身血まみれで真っ赤になっており、肌が驚くほど青白かった。

ピクリとも動かない。まさか、とは思ったが、頭が完全に否定をしてくれない。

「スコール!!」

ゼル達が追い付いて部屋に入ろうとしたが、スコールと同じく倒れたを見て硬直してしまった。

ボロボロに破けて、真っ赤に染まったシャツ。それが、今の状況の残酷さを物語っている。

「はんちょ!!」

セルフィが叫んだ。早く様子を見てやれという意思表示だ。

スコールは目を見開いたまま硬直していたが、手をぐっと握り締めると、に駆け寄った。

手を握ってみれば、ゾクリとするほど冷たかった。

けれど、手首に触れるとかすかな鼓動の音がする。



―――――生きてる・・・



スコールは安堵の溜息をついた。その様子を見て、仲間達もの無事を察したのだろう。

スコールと同じように深い溜息をついた。

けれど、状況を見る限り安心出来るものではない。

すぐさま回復させなければ危険な状態は回避出来ない。

スコールはの背中に腕を入れ、上半身を起こさせた。

ぐったりとしているは、目を覚ます気配がない。

「セルフィ、ケアルラは持ってるな?」

「うん。あるよ。」

セルフィはケアルラをかけようとしたが、スコールはそれを制した。

首を傾げるセルフィに、スコールは呟くように言う。

「・・・ケアルラを、俺にくれ。・・・がこうなったのは班長である俺の失態だ。

の回復だけは・・・せめて俺が。」

セルフィ達は目を丸くした。

今まで他人のことをスコールがそんな風に言ったことはなかったからだ。

驚いた。スコールの言葉に。

セルフィはひとつ頷くと、ストックしてあるケアルラの全てをスコールに渡した。

スコールは小さな声でセルフィに礼を言い、改めてを見つめた。

呼吸はしているものの、虫の息だ。

スコールは手に力を集中させ、にケアルラをかけた。

中級呪文というだけあって、一回使っただけで体の傷がみるみるうちに塞がって行く。

けれど、一回だけでは到底足りない。

スコールは二回目のケアルラをにかけた。

傷は大分減ったが、それでもの肌の色は青白いままだ。

三回目のケアルラをかける。

まだ足りない。

そして、四回目のケアルラをにかけた。

傷は完全に塞がった。けれど、失血のためかは目覚めない。

スコールは唇を噛み締め、ストックしてあるレイズを使った。

白い光がを包み、そして体の中へと入って行く。

スコールはじっとを見つめた。

ゆっくりとだが、だんだんとの肌に血色が戻ってきた。

青白かった肌が、薄い肌色に。薄い肌色が、いつもの肌色に。

頬には赤みが差し、体温がゆっくりと上がって行く。

!」

スコールが呼び掛けると、はゆっくりと目を開けた。

まだ視点が定まらないのか、ぼんやりと視線をさ迷わせている。

「スコー・・・ル・・・?」

、俺だ。しっかりしろ。」

の手を強く握る。先程の死人のような冷たさは消え失せていて、温かさが伝わってきた。

は何度か瞬きをして視界をはっきりさせると、目を細めてスコールを見つめた。

その目から、一筋の涙が流れる。

「・・・スコール・・・。お前、バッカじゃねぇのか?・・・なんで助けに来たんだよ・・・

俺なんか放っといて、さっさと逃げろよ・・・お前らまで危険になるじゃねぇか・・・。」

普段のスコールなら、「班長の役目だ」とでも言っただろう。

けれど、何故か今はその“冷静な班長”の言葉が出て来なかった。

胸がカッと熱くなって、目頭にもその熱が伝わる。

スコールは唇を噛み締めて涙をこらえると、に言った。

「・・・馬鹿なのはお前だ・・・。過去形にされたくないと言っていたのはあんただろ?

何死にそうな顔してるんだ・・・俺に無断でくたばったら、俺はお前を許さないからな。」

「なんだよそれ。まるで脅迫じゃん。」

は涙を拭って苦笑した。

脅迫めいた言葉。けれど、その言葉に痛いほどの心配が込められていることがわかる。

はスコールの手を握り返して、いつもの笑みを浮かべた。

「・・・サンキュ、スコール。・・・来てくれて、嬉しかった。」

それは班長のスコールに対する言葉ではない。

個人としてのスコールに対する、謝礼の言葉だった。






体はまだ痛いけれど、それよりもスコール達に心配をさせてしまったことの方が痛かった。


過去形にされたくない。その強い思いは、スコールにしっかり伝わっていた。


握り締めたスコールの手は温かくて、いつもよりも小さく感じた。













<続く>




=コメント=
ぜぇはぁ、とりあえずここで話を切っておきます。
次回アーヴァインとリノアが再登場、収容所を脱出予定。
さん拷問されるの巻(しかも実兄に(爆))
ちょいとグロい表現があったことを、ここでお詫びしておきます。
ひーっ、時間ないー!!(爆 [PR]動画