私は幽霊が苦手。




それにお酒もとっても苦手。




でもそれにプラスして、もっともっと苦手なものが、もうひとつあるの。




それは・・・・・・・。










心の鎖










避暑旅行も終わりに近付く今日この頃。

相変わらず太陽は暑くて、都会に帰ったらもっと暑いんだろうななんて考えたりして。

けれどやっぱり、山から吹いてくる風はとても心地よく、汗ばんだ肌には冷たく感じた。

都会に戻るまであと少し。

その数日を、思いっきり満喫せねば。

生徒も教師もそんな思いを馳せている。

そんな幻想学院避暑旅行用ロッジは、とても平和



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



・・・・ではないようである。









ロッジの外にある水道の前に立つ青褪めた

体はガチガチに固まっていて、そんなに暑くもないのに汗が滴り落ちている。

その手にはザルが。今日の夕飯は蕎麦にでもするつもりなのだろうか。

だが、ザルを手に持ったまま、はぴくりとも動かないまま静止している。

いやむしろ停止している。

石化したの目の前には、一匹のつぶらな目をした・・・・黒光りするゴキブリが。

ゴキブリは、長い触覚を動かし、ジリジリとに近付いていく。

はそれに気付き、はっと石化から解けた。

それから慌ててゴキブリと距離を取る。

その間にも逃げてしまえばいいのだが、に今それだけのことを考える余裕はない。

こんな自然の山で栄養のあるものを食べているのだろうか、ゴキブリは都会で見るような小さいものではない。

直径はぱっと見ただけでも8cmはありそうなものである。

そんな巨大ゴキブリを見て、動けなくなるのも無理はないのではないか。

「じょ、冗談よしてよ・・・・ほら、あっち行って・・ぉ、お願いこっちに来ないで!

必死になってゴキブリに頼んでみるが、結果は変わらず悪化するばかり。

はゴキブリと見つめ合い、もはや半泣き状態。

そんなとき、神の声がした


?んなとこで何してるんだ、と。」


レノだった。

赤い長髪をひとつで結わい、頭にはサングラスをかけて、薄いTシャツにジーパンをはいている。

「せ、せせせ、せ、せ、先生ッ・・・・!!」

今にも泣きそうな目で見つめられ、レノは戸惑う。

だが、の前にいる大きなゴキブリを見て、全て納得したようだった。

レノは小さく肩を竦め、足元に転がっている手頃な小石を拾う。

そして、それをゴキブリに向かって投げ付けた。

「うきゃぁっ!!」

は叫び、慌ててレノにしがみ付く。

ゴキブリを見れば、小石が命中して潰れている。

いろんな意味でグロテスクなそれを見て、は目に涙を溜めてレノの服を強く掴んだ。

、ゴキブリ程度で固まってどうするんだ、と。」

溜息混じりに言われ、は恨めし気にレノを睨んだ。

「わ、私は虫が苦手なんです!ゴキブリとか蜘蛛とかムカデとか・・・!」

昔台所で遊んでいたらゴキブリが洋服の中に入ってきてそれがトラウマでゴキブリが駄目になったとか、

遠足で歩いた山で大きなムカデが車に轢かれて死んでいたのを見て駄目になったとか、

あの蜘蛛の八本足がなんともグロテスクで駄目になったとか、

そんなことがたくさんあって結局虫全般が苦手になったとか、

が必死に話す姿を見てレノは呆れたような笑みを浮かべた。

「虫が嫌いなのは別に構わないがな、Don't be afraid、恐れちゃ駄目だぞ、と。」

レノは人差し指を立て、それをくるくる回しながら言った。

は不服そうな顔でレノを見つめる。

確かにレノは英語の先生だけれども、こんなところでまで英語を使わなくたって良いのに。

なんだかやけに説教されている気持ちになる。

不服そうなの顔を見て、レノはからかうように笑うとの頭に手を置いた。

華奢なレノなのに、手の大きさが男女の違いをはっきりとさせている。

「ま、こんな山奥だし、ゴキブリムカデ蜘蛛トカゲ、それに蛇なんかが出るのは当たり前だな、と。」

「蛇まで出るんですか!?もうヤだ、私帰る!」

「あと三日くらいだろ、我慢するんだな、と。」

「レノ先生の意地悪!虫とあと三日も一緒に生活するんですよ!?」

ケラケラと笑うレノに、はますます怒るばかり。

人間怒ってしまえば周りが見えなくなると良く言うが、今まさにその状況なのではないだろうか。

からかわれていることに気付かないは、レノの恰好の餌食である。

「そういえば、お前ザルなんかどうするんだ?」

「え?あ。」

は自分がザルを持っていることに気付いた。

じっとザルを見つめてから、レノに言う。

「今日の夕飯に使うんですよ。今日はお蕎麦にするつもりだから。」

「蕎麦!いいな、それ。今晩俺もご馳走してもらえないかな、と。」

言われ、はきょとんとした。

目の前のレノは変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。

の部屋はユフィとセルフィとの三人。三人部屋なだけあって、かなり狭い。

そこではふと思った。

クラウド達も誘って、彼らの部屋で皆で夕飯に出来ないだろうか、と。

彼らの部屋は四人だが、部屋は五人以上向けだ。

達とレノも合わせて八人だが、夕飯を集まって食べるくらいなら充分な広さだろう。

好都合なことに今はまだ三時。彼らも今頃夕飯の話し合いをしているのではないか。

「わかりました、良いですよ。でも、ちょっと待っててください。皆に確認とって来ますから。」

「おぉ。んじゃ俺はクーラーの効いた涼しーい部屋でお昼寝タイムだぞ、と。」

「こんなに山の空気が涼しいのに、わざわざクーラー入れるんですか!?」

「クーラー入れた方が気持ち良いだろ、と。」

レノはそう言うと、さっさとロッジの中に入っていってしまった。

はその姿をぽかんを見つめる。

「・・・クーラーなんか入れて、寒くないのかな?」

どこまでもマイペースな嬢であった。








はザルを一度自分達の部屋に置くと、クラウド達の部屋へ足を向けた。

ユフィとセルフィに皆で夕飯を食べることを言ってみたら、快くOKしてくれたのだ。

むしろ大歓迎という感じだったが。

彼らの部屋のドアを三回ノックし、ドアが開くのを待つ。

しばらくすると、ガチャリとドアが開いた。

出迎えたのはティーダで、を見てニッと笑う。

「こんにちわ。」

「よっ!どうしたんスか?誰かに用?」

「うん、皆に用があるの。入って良い?」

なら全然良いッスよ。」

ティーダはを部屋の中に招き入れる。

お邪魔しまーすと言いながら、は部屋の奥へと進む。

クラウドとスコールは横になってテレビを見ているし、ジタンはティーダとゲームをやっていた途中だったらしい。

彼らは皆に気付くと、少し驚いたような表情をしてから笑みを浮かべた。

じゃ〜ん、どうしたんだ?」

昨日デートをしたばっかりのジタンが言った。

も微笑を浮かべて、口を開く。

「うん、あのね、皆もう今日の夕飯のこと決めた?」

「夕飯?いや、まだだけど。」

頭を振ったクラウドを見て、はエヘヘと笑う。

「今日、皆で夕飯食べない?ユフィとセルフィとレノ先生も一緒で、お蕎麦にするつもりなの。」

「蕎麦!俺食いたいなー!」

ティーダが声を上げ、それにジタンも頷いている。

クラウドとスコールは顔を見合わせ、きょとんとした表情を浮かべている。

「ユフィとセルフィはともかく・・・なんでレノがそこに出てくるんだ?」

「んとね、さっき助けてもらって、それでなんか今日の夕飯お蕎麦にするって言ったら

 『俺もご馳走してほしい』だって。だから一緒に食べることになったの。

でも、私達の部屋じゃ三人部屋で狭いし、どうせだったらクラウド達も誘って

この部屋で食べれないかなぁって思って。」

はっきり言って、王子達にとってこの状況は全く面白くない。

何があったのかは知らないが、はレノに助けられているというではないか。

に手を出すものは、王子達にとって天敵も同然。

レノと一緒に夕飯を食べるというのは、出来れば避けたいところだった。

けれども、の手料理を食べたいという願望も間違いなくあるし、

自分達が断ってレノと達だけで食べて何かが進展してしまっても困る。

とにかく王子達には姫を守る義務があるのだ。素晴らしい義務が。

そんな義務放棄してしまえなどと思ってはいけない。

放棄したところで、王子達は自分を責める他することがないのだから。

そんなこんなで葛藤した末・・・。

「「「「ああ、構わないよ。」」」」

苦々しい思いを抱えつつ、王子達はそう答えたのだった。






「「そ・ば  そ・ば  お・そ・ば〜♪」」

声をそろえてユフィとセルフィが歌っている。

はそんな二人に苦笑を浮かべ、茹でた蕎麦をざるに乗せてしっかりと水を切った。

共同の炊事場で、は夕飯の準備をしている。

そのの後ろには、何故か料理の出来ないユフィとセルフィの姿が。

即興で作った歌なのか、音はずれのメロディーを口ずさんでいる。

「そこのネギときゅうり、切ってお皿に入れてもらってもいいかな?」

とりあえずずっと後ろで歌われているのも微妙に居心地が悪いので、手伝ってもらおうと思い言ってみた。

料理が出来ない彼女達でも、野菜を切ることくらいは出来るだろう。

しかし甘かった。

いよっしゃ!任せて!!

「ユフィ、包丁持ってストリートファイターやろう!!

「ごめんやっぱり私がやるからいいわ。」

包丁なぞ持ってストリートファイターなどやられては困る。むしろ命の危機を感じる。

は冷静に自分の失態を反省し、彼女達をまな板の前から退かせた。

不満そうな声を上げるユフィ達。しかし、ここを彼女達に任せるわけにはいかない。

絶対に。

はそう心に誓った。

「なんでさー、アタシ達に任せてよ、絶対大丈夫だから。

「とてもじゃないけど無理だと思うわ。」

ブーイングが来るのなんて気にしない。

今この場にクラウド達がいたとしたら、彼らだって同じ意見を言うはずだ。

は冷静にネギときゅうりを切ると、それを皿に入れ、蕎麦を乗せたざるとともに持ち上げた。

ー、持つくらいなら出来るよぉ?」

「遠慮しておくよ。」

セルフィに言われたが、とりあえずは断っておこう。

何が起こるかわからないから。






達はそのままクラウド達の部屋へと向かった。

手が蕎麦のざると野菜の入った皿で塞がっているので、部屋をノックするのはユフィに頼む。

こんこんとノックをすると、すぐにドアが開いた。

出迎えてくれたのは、ちょっと眠たげな目をしたスコール・レオンハートくん。

スコールは達を見ると、優しげな笑みを微かに浮かべ、無言で部屋に入るよう促した。

達は「お邪魔します」と笑顔で言い、部屋の奥へと入っていく。

部屋には、もう既にテーブルとイスが人数分、用意されていた。

部屋にいたのはスコールとジタンだけで、ティーダとクラウドの姿はない。

テーブルの真中に蕎麦と野菜を置き、それからふうと溜息をついた。

「これでよし・・・。ちょっとお蕎麦が足りないかな。」

人数はレノも含め八人。

一応八人前の蕎麦を茹でてはみたが、よくよく考えてみればそのうち五人は男なのだ。

そしてジタンとティーダはよく食う。あまり知らないが、クラウドとスコールも、平均よりは食べる方だろう。

レノはどうだか知らないが、なんとなく少食ではない気がする。

は少し考え込み、困ったように口を尖らせた。

「そうだよ・・・これじゃ、絶対に足りない気がする。」

「何が?」

ジタンは尻尾をパタンと揺らし、に尋ねた。

それから、ざるに乗った蕎麦の量を見て、全て理解したようにうなる。

「う〜ん・・・・・。」

ジタンも考えていることは同じらしい。は苦笑を浮かべ、小さく肩を竦めた。

「あと四人前くらい茹でてこようか。」

「そこまですることないと思うけど・・・。もし食べてる最中に足りなさそうだったら、追加で茹でるとか。」

「でも、皆で楽しくお話ししながら食べたいじゃない?途中で席はずすのやだなぁ。」

例えば、話が盛り上がってるときに蕎麦が足りないことに気付いたりして。

ジタンは納得したように「あぁ」と声を発すると、と同じように苦笑した。

「そうだなぁ、それはヤだなぁ〜。」

「でしょ?ジタンから見て、これ、足りると思う?」

「多分足りない。クラウドやスコールも結構食うだろうし、俺とティーダなんてヤバイしなぁ。

あぁ、レノもいるんだっけ?その分計算すると、多分途中で足りなくなるよ。

はともかく、ユフィとセルフィが少食ならまだなんとかなるかもしれないけど・・・」

「「あたし達、食うよ」」

「・・・ってわけだから」

声をそろえて言ったユフィとセルフィに、ジタンとは顔を見合わせて小さく笑った。

確かに、この二人はたくさん食べそうである。

「じゃあ、私もう四人前くらい茹でてくるね。

みんなたくさん食べるなら、野菜もこれだけじゃ足りないだろうし。」

「ワリ、なんだか大変そうだな、俺も行こっか?・・・って言いたいとこだけど、

俺料理は苦手なんだよなぁ・・・。」

ジタンは困ったように眉根を寄せた。

「たかがお蕎麦茹でて野菜切るだけだもん、大丈夫。ありがとう、ジタン。」

ジタンの気持ちは嬉しいが、誰かに助っ人を頼むほどでもない。

はそう言い、炊事場に向かおうとした。が。

「俺が行ってやろうか。」

ふと頭上から声がして、は首を上へと向ける。

スコールだった。

「え?いいよ、大丈夫だよ?」

「けど、一人より二人の方が早く済むだろ。・・・行くよ、俺。」

は少し考えるように首を傾げた。

本当に、そこまでしてもらうほどのことじゃないのに。

けれど、確かに一人より二人の方が早く済むだろう。

スコールの料理の腕なら心配ない。むしろ頼ってしまいたいくらいだ。

はしばし考えた後、「じゃあ、お願いしてもいい?」と尋ねるのだった。






「本当に、スコールって料理上手だよね。」

蕎麦を茹でながら、は感心したように言った。

スコールには、野菜を切ってもらっている。だが、その慣れた手つきについつい見入ってしまった。

見ていて不安定じゃないから、安心して任せていられる。

ユフィやセルフィに任せては、スコールのようにはならないだろう。

ちょっと悪いかな、とは思いつつ、スコールに任せて良かったと心底思った。

「別に・・・。だって、これくらい出来るだろ。自炊してるんだから。」

「うーん、出来ないこともないけど、スコールみたいに楽々こなせるってわけじゃないよ。

お料理は大好きだけど、ホラ、私結構不器用だし。」

あはは、と笑って見せる。

スコールは首を傾げた。不器用と言っているが、は大体なんでも出来る。

料理だってそこらのレストランに劣らないし、裁縫だって得意のはずだ。

だが、しばらく考えてみてスコールは思った。

確かに不器用かもしれない。いや、不器用というよりはドジというか。

「・・・不器用、なのか?」

「私不器用だよ。結構包丁で指切っちゃったりするし、ベッドから落ちたり、

ドアに指挟んだり、あとはイスに足を引っ掛けて転ぶなんて、日常茶飯事だもの。」

そういうのを、ドジと呼ぶのではなかろうか。

スコールは難しそうに眉根を寄せ、考えながらも野菜を切る手を止めなかった。

ドジ、とは大抵人を貶すときに用いる単語だが、の場合は違う。

スコールにとっては、「ドジなところも、可愛い」、なのだから。

「・・・眉間、シワよってる。何考えてるの?」

「別に・・・。」

スコールはいつもの口癖を口にし、それから少し意地悪く微笑んだ。

それを見て、はむっと恨めし気にスコールを睨む。

「何か、私のこと考えてたでしょう。」

「さぁな。」

「あーっ!絶対そうだ。何考えてたの!?絶対、間抜けだーって思ってたでしょ。」

ムキになってくるを見て、スコールは顔を無表情に戻した。

けれども、内心はニヤニヤである。

ドジなも可愛い。

けれども、ムキになるも、また絶品なのだった。






蕎麦を茹で、野菜を切り、とスコールは部屋に戻った。

そこには、レノ以外全員が集合している。

は部屋を見回してから言った。

「それじゃ、私レノ先生呼んで来るね。」

そう言ったと同時にに突き刺さった王子四人の痛い視線。

恨めしそうな、それでもって哀しそうな、寂しそうな、怒っているような、複雑な表情を浮かべている。

はそんな彼らにたじろぎ、頬を引き攣らせて一応尋ねた。

「えっと・・・何?どうしたの、皆・・・。」

一気に重くなった部屋の空気に、どう反応して良いのかわからなくなる。

困惑するの肩をぽんぽんと叩き、ユフィが言った。

「ほっときなよ、。こいつらはアタシがシバいとくから。

「いやあの・・・そっちの方が不安だったりするんだけど・・・。」

は苦笑を浮かべて答えた。

「いーからいーから。レノセンセもお腹すかせてるってー。」

セルフィはの背中を押しながらニコニコと笑っている。

ユフィとセルフィの二人に言われては仕方がない。

不安と心配はあったが、は後ろを振り返りながら部屋を出ていった。



「さてと。」

が出ていったのを確認してから、ユフィは王子達の方をくるりと向いた。

セルフィはその隣に控えている。

四人は一体何を言われるのかと、訝しげな目でユフィ達を見つめるばかりだ。

そんな王子達を見下ろしながら、ユフィは言った。


「アンタ達、そんっっっっなにを困らせるのが楽しい!?」


怒鳴ったユフィに、四人は驚いて竦み上がった。

セルフィも、笑みを浮かべてはいるが怒っていることがあからさかにわかる。

ユフィは鼻息荒く、こうまくし立てた。

「アンタ達さ、見てて情けなくてバカみたいだよっ。そんなんでがアンタ達に靡くと思ってんの?

んなわけあるか。はね、そんな安い女じゃないんだよっ。

アンタ達が安くてどうすんのさ!に見合う男にならなくて、誰かに横取りされんのがオチだよ!」

「うんうん、今のままじゃ、誰かに横取りされちゃうよね〜、それこそ、レノ先生あたりに。」

サラリと恐ろしいことを言うセルフィ。

王子達はというと、ユフィとセルフィの毒舌に硬直している。

まさか年下のユフィ達に説教されるとは思ってもなかったのだろう。

「アンタ達、うかうかしてるとアタシがもらっちゃうからなっ!!」

ユフィの爆弾発言が、部屋に炸裂した。







一方その頃。

はレノを連れ、クラウド達の待つ部屋へと向かっていた。

廊下の窓の外は、もう真っ暗である。

夜になると涼しいどころか少々寒くなるのだが、それはロッジの周りが森だからだろうか。

緑のカーテンとはよく言ったものである。暑い日中でさえ、このロッジは涼しい。

そんな涼しいロッジで、レノはクーラーを入れて寝ていたというのだから信じられない。

自然破壊だ。地球温暖化の侵攻に繋がってしまうではないか。

・・・そうは思っていても、それをレノに言うということはないのだが。

。」

「はい?」

ふと名を呼ばれ、は間抜けな声で隣の男に返事をした。

レノはそんなに苦笑を浮かべながらも、尋ねる。

「知ってるか?あの森をちょいと奥に行くと、小さな沢があってな。今の時期、蛍が綺麗なんだぞ、と。」

「蛍?」

レノは窓の外を指差す。はその方向を見つめながら、首を傾げた。

「ここからじゃ、ちょっと見えねぇかもな、と。」

レノはニカッと笑い、の頭をわしゃわしゃと撫でた。

それから、はたと気付く。

レノは自分の失態に気付き、困ったように眉根を寄せた。

「・・・しまった・・・、虫全般が苦手だったな。」

溜息とともに、そんな言葉を口から吐き出す。

さえ良ければ、夕飯の後に蛍でも見に行こうかと思ったのだが、

今日のゴキブリ騒動でが「虫全般が苦手」と言っていたのを思い出したのだ。

自分らしからぬ失敗だった。

レノが残念そうに溜息をついたのを聞いて、は少々キョトンとしながらも口を開く。

「あ・・・でも・・・。」

ふと呟いたに、レノはズボンのポケットに手を入れたまま振り返る。

は、少し考えるような素振りを見せてから、ニッコリと微笑んで言った。

「蛍なら・・・・見てみたいです。」

のその表情に、レノは一瞬目を奪われた。

目を見開くでもなく、間抜けな面をするでもなく。

ただ、純粋に、の笑みに見入っていた。

優しく微笑む、そのの表情に。

「(・・・俺らしくないぞ、と。)」

仕事とタバコと酒が好き。ついでにいえば、女も嫌いじゃない。

一に仕事、二にタバコと酒。自分の中で、女はそれ以下の順位のはずだった。

「(・・・んなバカな。)」

レノは心の中で呟いた。

今、一瞬ではあるが、「」を一に考えたくなったのだ。

仕事でもない。タバコや酒でもない。・・・ましてや、女でもない。

、が、一番に思えてしまったのだ。

何故。そんなはず、あるわけないのに。

「・・・レノ先生?」

急に黙り込んだレノを不思議に思ったのか、はレノに近寄ってその顔を覗き込んでいた。

そんなことにすら気付けぬほどに考え込んでいたレノは、突然のことに驚き、情けない悲鳴を上げる。

「ぅわあっ!!」

「ひゃっ!?」

急に声を上げて飛び上がったレノを見て、も同じく驚き飛び上がる。

傍から見れば、さぞかし滑稽な場面だっただろう。

はドキドキする胸を押さえながら、レノに尋ねる。

「な、な、な、なんですか!?レノ先生・・・びっくりさせないでくださいよっ。」

「そ、それはこっちのセリフだぞ、と!!急に目の前に現れたら驚くに決まってるだろ!」

「私はさっきからここにいましたよっ、レノ先生が気付かなかっただけじゃないですかっ!!」

しかもあんな至近距離で。

は恨めし気にそう付け加えた。

「はぁ・・・ったく、情けないな、と。」

俺らしくないと思いつつも、今の状況を心地良いと感じている自分がいる。

・・・そう、それすら、自分らしくないというのに。

「ま、いいか。んじゃ。夕飯食い終わったら、一緒に沢に出かけてみないか、と。」

さりげなく誘ってみる。

すると、は一瞬きょとんと目を瞬かせた後、ふわりと微笑んで頷く。

「うわぁ、是非。綺麗なんでしょうね。」

本当に嬉しそうに笑うから、心底喜ばせてやりたいんだ。

レノはふっと自嘲気味に笑い、小さく肩を竦める。

「ああ。最高だぜ、と。」

「暗いのは苦手ですけど、レノ先生がいれば安心ですし。」

君は、純粋に笑うから。

そんなに綺麗に、純粋に笑うから。

「んじゃ、とっとと夕飯食いに行くか、と!」

「はいっ!」






皆でワイワイ蕎麦を食べて。

独占欲の強い王子達の目をかいくぐって二人で外に出て。

綺麗な蛍を見て、夜空を見上げて。




こりゃ、来年も引率で来ないと駄目だな、と。




そう。は、きっと来年もこの旅行に参加するだろうから。

だから、また一緒に見よう。


暗闇にぽつりぽつりと浮かぶ、小さな蛍の光を。











<続く>


=コメント=
レノ先生しっかり登場です。
これからは逆ハーの中にレノもしっかり混ざってきますよ〜。
本当は夕飯のシーンと蛍見学のシーンも書く予定だったんですが、
私の気力の限界+容量の問題で却下に。
でも、蛍のシーンは短編とかで書きたいですね。


さてさて、次回は都会への帰還。
それから、シャルともう一人のある人物が登場。
サウンドノベルにも登場してない新キャラですが、あらかじめ謝っておきます。
オリジナルキャラクターでごめんなさい。
でもずっと登場させたかったんです・・・・!!
シャルとペアというところに着目して、推理してください。
ってか絶対わかるだろうよこれだけしゃべれば(爆笑 [PR]動画