闇の化身に捕らえられたのなら







きっともう助かることは出来ない。











心の鎖










「肝試し?」

は問い返した。

の目の前には自信有り気に胸を張ったジタン。そしてその周りにはクラウドとその他。

その他の中にはユフィやセルフィも含まれている。以下略。

スコールがのことを思い出した翌日。ジタンが達を呼び出したのだ。

そして、開口一番に言われた言葉が「肝試しをしようぜ」だとは。

「なぁに、肝試しって。」

なんだか陰気臭そうな話である。は眉根を寄せてジタンに尋ねた。

「あのな、今俺達がいるロッジから少し離れたところに古い宿舎があるの、知ってるか?」

はユフィ達と顔を見合わせた。

確かにここに来る途中、古い蔦の這った建物があるのは見ている。

なんだか、“いかにも”出そうな建物だとは思ったが。

「・・・一応、知ってはいるけど。」

「だろ?あそこ、本当に出るって噂があるんだ。」

わざと怖い表情を作って話すジタン。はビクリと竦み上がると、口を閉ざした。

「あの宿舎は一応幻想学院の持ち物なんだぜ。今から40年くらい前に廃物になったみたいだけどな。

んで、その廃物になった理由ってのが、生徒の心中だって話だ。」

「し、心中?」

“いかにも”出そうな建物に、“いかにも”な話。嫌な予感である。

「生徒4人があの宿舎で心中したんだってよ。剃刀で手首をザックリ。部屋は真っ赤に染まったそうな。

その頃丁度幻想学院に無茶苦茶乱暴な教師がいてさ、その教師に耐えられなくて4人はある計画を立てた。

暴力教師を殺して、そして4人で死のうって計画だったらしいぜ。それで4人は心中したって話。」

はぶるると身震いをした。

こういう幽霊話には滅法弱いのだ。の弱点のひとつとも言えるだろう。

「で!今回はそれを確かめようってわけ!肝試しには打って付けだと思わねぇか?」

夏といえば肝試し。肝試しといえば夏。

確かに夏のイベントともいえる肝試しではあるが、はそういう系が苦手なのだ。

あまり乗り気ではない。

ユフィとセルフィは首を横に振っている。

「アタシはいいよ、なんだか面倒だし。」

「私も〜。怖いのってヤだもんねぇ〜。」

声をそろえて言う二人を見て、はすすすと後ろへ下がった。

「わ、私も遠慮しとく・・・。」

逃げようとしたのだが、なんとジタンに手首を捕まれてしまった。

ジタンは人の悪い笑みを浮かべ、

は強制参加。」

「いやぁぁぁぁっ!!!」

思い切り叫んでみたが、ジタンの笑みは消えない。

クラウドとスコールは哀れみの目でを見つめ、ティーダは苦笑を浮かべている。

「ヤだっ!!私絶対にヤだぁぁぁっ!!!」

「大丈夫だって!!どうせ行動は俺達と一緒にするんだから!!」

「そんなこと言って、キリの良いところで一人置き去りにするつもりでしょっ!?」

「んなことしないってば!!だから参加な。」

「ヤだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

もう既には涙目である。

クラウドはの頭をぽんぽんと叩き、「諦めろ」と囁くのだった。












夜中の12時少し前。

とうとう肝試しの時がやってきてしまった。

なんでこういう日に限って虫の声が少ないのだろう。

風もまったく吹いておらず、ねっとりとした嫌な空気が肌に纏わり付く。

はっきり言って、無茶苦茶気色悪い。

「全員懐中電灯は持ったよな?」

ジタンが最終確認のように尋ねる。クラウドとスコール、ティーダは頷いて各自懐中電灯を確認した。

は先ほどから見送りに来たユフィとセルフィに縋り付いて離れない。

ユフィとセルフィは苦笑を浮かべながらよしよしとの頭を撫でている。

〜、もう諦めるッスよ。」

「やだぁぁぁぁ・・・。」

この世の終わりみたいな声が返ってくる。これにはさすがの王子達も苦笑を浮かべてしまった。

は涙目でユフィ達を見つめて必死に助けを求めている。

だが、こればっかりはユフィ達にもどうすることも出来ない。

何故なら、ジタンに金を渡されてを助けないように言われているからだ。

ジタンも一体なんのつもりやら。

どうやら、を苛めるのが楽しいらしい。

「ほら、行くぞ。」

クラウドが手を差し出す。は潤んだ瞳でクラウドを見つめて、しぶしぶその手を取った。

手が痛くなるほどキツくクラウドの手を握る

相当怖いのだろう。クラウドはの手を握り返し、ジタンに小さく頷いた。

「そんじゃしゅっぱーつ!」

明るいジタンの声も、何故だかとても不気味に聞こえてしまった。






真っ暗な旧宿舎。

内部は外の暑さと比べ物にならないほどひんやりしていた。

虫の鳴き声も全く聞こえない。聞こえる音といえば、自分達の足音くらいのものだ。

「まずは一階からな。」

この旧宿舎は4階建ての建物で、部屋数も相当ある。

恐らく1時間程度では帰れないだろう。

はもう泣く直前のような顔をしていて、スコールとクラウドに挟まれて歩いている。

クラウドとスコールの手を握ることも忘れていない。

怖過ぎて、恥ずかしいという気持ちがどこかに飛んでしまっているようだ。

先頭はジタンとティーダで先導している。二人には幽霊があまり怖くないらしい。

「や、やっぱり帰ろうよぉ・・・。」

「はぁ?まだ入って5分もたってないぜ?帰るにはあまりに早過ぎんだろ〜。」

ケタケタと笑いながらジタンが言う。は俯いてクラウドとスコールの手を握り直した。

「大丈夫だよ、。どうせそんなの噂だけだ。本当に出るとは限らないだろ?」

「うぅ・・・でもぉ・・・。」

声を出すのも怖い。どこからか、誰かが自分達を見張っているようで。

息がつまりそうになるこの緊迫感。張り詰めた空気。

は体の震えを押さえようと必死になっていた。

「どうせ何にもないまま「あー、つまんなかった」で終わるッスよ。」

それが一番の望みである。

何かある方がとしては困るのだ。




――――――ガシャ・・・ン・・・!!――――――




ビクリとして、全員が振り返る。

何かの物音がした。何か、ガラスのようなものが割れた音。

クラウドとスコールは目を細め、ジタンとティーダは驚愕の表情を浮かべ、は硬直している。

「・・・なんだ、今の音。」

「何かが割れたような音だったぜ・・・。」

幻聴ではない。5人全員が音を聞いている。

クラウドは懐中電灯で音がした方を照らした。

とくに何もない廊下が続いている。だが、そこから現れた闇の化身を5人は見逃さなかった。

「っ・・・!!」

全員の息を呑む音。懐中電灯に照らし出されて現れたのは、セーラー服を着た少女だったのだ。

ただ、左手首からはおびただしいほどの血を流し、右手には剃刀を持っている。


ず・・・ずず・・・


足を引き摺りながら現れた少女は、不気味に微笑んでクラウド達5人を見つめている。

ニヤリと笑った口からは腐敗した舌が飛び出し、歪んだ目は充血して獲物を捕らえようとしている。

髪の毛はボサボサで、セーラー服は血で汚れている。

「・・・おい・・・まずいんじゃないか・・・?」

スコールの掠れた声。クラウドの呆然とした表情。

弾かれたように、ジタンが叫んだ。

「っ・・・逃げろっ!!!」

その声に反応して、5人は駆け出した。

だが、は足がもつれて上手く走れない。

クラウドとスコールが必死に手を引っ張って先導しているが、今にも転びそうな不安定な状態だ。


ずずず・・・ずずっ・・・


すぐ後ろから聞こえる自分達を追い駆けて来る音。

思ったよりもずっと早い少女の速度。

そして、その少女よりもずっと速く体中を包む恐怖。

「ぁっ!」

が自分の足につまずいて転んだ。クラウドとスコールは慌てて立ち止まってを見つめる。

っ!!」

すぐ後ろから少女が追い駆けて来ている。

廊下の床は固い。どうやら転んだときに強く膝と腕を打ち付けたらしい。

は必死に立って走ろうとしているが、震える膝に上手く力が入らない。

その間にも、後ろから少女が迫る。

クラウドは意を決して手に持っている懐中電灯を少女に向かって投げ付けた。

ガツンッ、という嫌な音が響き、少女が仰け反る。

はやっと立ち上がり、走ってクラウド達に縋り付いた。

少女はゆっくりと体制を立て直すと、懐中電灯がぶつかった頭を触ってガクガクと震えた。

ずるり、と懐中電灯がぶつかった場所が肉片となって崩れ落ちる。

黒ずんだ頭蓋骨が顔を覗かせ、少女の顔の4分の一が崩れ去っていた。

その様子に、クラウド達は再び息を呑む。

憎々しげにクラウド達を睨み付ける少女。

『・・・よ・・・くもぉ・・・!!』

どう聞いても少女の声には聞こえない、気味が悪い声。

男性の声でも女性の声でもない“それ”は、地の底から響いてくるようだった。

「走れ!!」

スコールが叫ぶ。クラウドはを抱え上げると、スコールと共に駆け出した。

の体は震えて止まらない。

クラウドの背中越しに後ろを見ると、あの少女がものすごい速さで追い駆けて来ているのが見える。

先ほどよりも速さが上がっている。このままでは追い付かれる。

クラウドとスコールは階段を駆け上がった。3段飛ばしで一気にスピードを上げる。

そして、ひとつの部屋からジタンが手を振っているのが見えた。

「急げ!こっちだ!!」

クラウドとスコールはその部屋に滑り込んだ。

ジタンが即座にドアを閉め、内側から細工をして開かないようにする。

随分と古い宿舎だから、鍵も付いていないのだ。

クラウドとスコールは荒い息を押さえながら座り込み、は腰を抜かして座り込んでいる。

だが、がふと視線を巡らせてジタンに尋ねた。

「・・・ねぇ、ティーダ・・・は・・・?」

その言葉でハッとしたようにクラウド達も顔を上げた。

ジタンはばつの悪そうな表情を浮かべて、呟くように言った。

「・・・走ってる途中で・・・はぐれたんだ。」

ジタンの話だと、走って逃げている最中二手に分かれてしまったらしい。

二人とも慌てて道を同じくしようとしたのだが、その時に一人の少年が現れたのだという。

詰襟を着た少年。それはあの少女と同じ類のものだ。

左手首から血を流し、右手には剃刀を持って不気味に微笑んでいる少年。

それを見て、ジタンとティーダは仕方なしに別々の道を逃げたらしい。

「そんなっ・・・それじゃティーダは!?」

「大丈夫、あいつは絶対に無事だぜ。幽霊なんかに殺されてたまるかっつーの。」

ジタンはそう言うが、にはティーダが無事でいられるとは思えなかった。

あの少女はここで心中した生徒の一人と考えて間違いないだろう。

となると、ジタンとティーダが目撃したという男子生徒が“2人目”。

ここで心中した生徒は4人なのだから、あと2人はこの建物内のどこかにいるという事になる。

ティーダも1人が相手なら逃げ切れるだろう。だが、残りの2人やあの少女が先回りをしていたら?

4人全員に囲まれてしまったら?その時、彼は確実に逃げられると言えるだろうか。

「ヤバいな・・・まさか本当に出るとは思わなかった。」

ジタンが悔しげに呟いた。

彼も本気で幽霊を信じていたわけではないのだろう。

遊びのつもりでやって来たのに、まさか噂が本当だったとは。


その時、部屋の扉をドンッ、と叩く音がした。

クラウド達は身構え、はビクリを身を竦ませた。

最初の音よりも更に大きな音で、立て続けに3回。

次に、体当たりをしたようなものすごく大きな音が2回。

そして、再び静寂が戻った。

「・・・行った、のか?」

「わからない・・・。」

「今の、ティーダじゃないよね?」

「あいつだったら「早く開けるッスー!」とか言うだろ。ティーダじゃねぇな。」

扉を叩く音はもう聞こえない。静寂の中、緊迫した空気が流れている。

だが、4人は次の瞬間目を見張った。

扉の下からゆっくりと流れ込んでくる“それ”。

赤黒い、どろどろとした液体。
―――――血だった。

「ひっ・・・!!」

の短い悲鳴が漏れた。

クラウド達は目を見張り、“それ”から目が離せなくなっていた。

赤黒い血はどんどん部屋の中へ流れ込み、大きな血溜まりを作って広がりを止めた。

月の光を反射する血溜まりはゾッとするほど妖美なものだった。


――――――ドンドンドンドンッ!!!


4人は身を竦ませる。

先ほどよりも切羽詰まったような叩き方。いや、この叩き方も憎しみ故か。

は目に涙を溜めて、扉を見つめて硬直している。

狭い部屋の中。逃げ場はない。

向こうが諦めて去るのを待つか、部屋の窓から飛び降りるしか道はない。

だが、ここは2階。飛び降りて無事でいられるとはとてもじゃないが思えない。


――――――ドンドンドンドンッ!!!


向こうはなかなか諦めない。

は震える声で、ひとつの提案を出した。

「ねぇ・・・携帯で、誰か助けを、・・・よ、呼べない・・・かな・・・?」

かちかちと音を立てる歯。ジタンは小さく頷いた。

ジタンはすぐに携帯を取り出すとユフィ達の番号を呼び出そうとした。

だが、ジタンは携帯を見て目を見張る。

「ど、どうしたの・・・?」

「・・・確か、建物の外ではバリ3だったよな・・・。」

ジタンの携帯を持つ手が震える。

「・・・圏外になってやがる・・・。」

「えぇっ!?」

建物の外では、間違いなく電波は繋がっていたのだ。

なのに、今この状況で圏外。部屋の窓は開いている。普通なら、この状態で圏外はあり得ないのに。

クラウド達も慌てて自分の携帯を取り出してみたが、ディスプレイに表示されているのは“圏外”の文字。



         ♪ー♪ーー♪♪ー



急にジタンの携帯が鳴った。

ディスプレイには変わらず“圏外”と表示されているのに、何故か一通のメールが届いた。

嫌な予感がする。

ジタンはクラウド達を見つめた。開けてもいいか、と目が語っている。

クラウド達は頷いた。

ジタンは震える指で携帯を操作し、メールを開けた。





『殺してやる』





一言だけのメール。冷や汗が頬を伝う。

ジタンの携帯が再び鳴った。ジタンは悔しそうに舌打ちをし、携帯を見つめる。

次から次へと流れ込んでくるメール。ジタンは仕方なしに一番新しいメールを開けた。






『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる       皆死ねばいいんだ』






不気味な文字の羅列。

「くそっ!!」

ジタンは叫び、半ば強引に携帯の電源を切った。

クラウドとスコールは険しい表情で部屋入口の血溜まりを見つめている。

「どうする?・・・もう、逃げられないぞ、俺達。」

「とりあえず、ティーダの安全確保だ。・・・無事だといいんだが・・・。」

逃げ延びてくれていればいい。だが、もしそうでなければ・・・?

だがジタンは言った。

「いや、多分平気だ。あのメールを見る限り、ティーダは平気だと思うぜ。」

「なんで言い切れるんだ?」

「もしティーダがもう捕まっちまってたとする。だとしたらきっとメールの内容が

『次はお前達だ』とかになると思わねぇか?」

クラウド達は目を細めた。ジタンの言う事も一理ある。

メール内容に、ティーダのことを書いたような文はなかった。

ただ「殺してやる」という一言が繋げられただけの文だったのだから。

「ティーダは無事と考えていい、ということか。」

「多分な。あくまで予測でしかねぇけど。」

あいつが簡単に捕まるとも思えねぇし、とジタンは言う。


扉から音はもうしない。

クラウドがためしに扉に近寄って気配を確かめてみたが、何の気配もしなかった。

どうやら、諦めて去っていったようだ。近くに潜んでいる、という可能性もゼロではないが、

ここにいても何も出来ないのなら外に出るしかない。

血溜まりを避けながら、そっと扉を開ける。廊下を確認してみたが、やはり何もいなかった。

「・・・行くぞ。」

「待てよ。ここからの行動方法を決めようぜ。」

飛び出して行きそうになるクラウドを引き止め、ジタンが言った。

「このまま4人で行動するか、それとも2人ずつで別れて行動するか。どうする?」

「2人ずつの方が動きやすいな。人数が少ないのは心細くもあるが、安全を考えればそっちの方がいい。」

スコールが小さく頷きながら言った。

「それじゃ2人ずつ行動で決まりな。メンバーはどうする?」

クラウドは他の3人の顔を見回した。

は今にも倒れそうなほど青褪めた顔をしている。

要は、と誰を組ませるか、だ。

ジタンと組ませると、冷静な判断が出来なくなると思う。

ジタンはティーダの手掛かりを見つけたら即座に駆け出すだろうし、

今のがそれに付いて行けるとは思わない。だから却下だ。

スコールと組ませると、一見完璧なように見える。

確かにジタンと組ませるよりはマシだと思うが、スコールは何事にも無頓着に見えて結構短気だ。

“奴ら”と出くわした時、戦わずして逃げるという判断が彼に出来るだろうか。

恐らくを守ろうと自分を犠牲にしてでもを逃がす事は出来るだろう。

だが、その後のを思うとこれも却下だ。

「俺がと組もう。ジタンとスコールで組んで行動してくれ。」

「「了解。」」

2人は頷いた。

クラウドは腕時計を見て言う。

「1時をちょっと過ぎたところか・・・。よし、2時に一度外で合流しよう。

ティーダを見つけたら3人で即座に外に出てくれ。それで2時まで待機だ。

もし見つからなくても、2時には外に出るようにしといてくれ。その後のことは、その時考える。

俺達もティーダを見つけたらすぐに外に出る。それまで、必ず無事でいてくれ。」

ジタンもティーダも真剣な面持ちで頷いた。

「2時に外でな。」

「くたばるなよ。」

スコールとクラウドが言い合う。

ジタンはの手を握り、励ますように笑った。

いつもの明るい笑みではなく、真剣な笑み。強い気持ちを込めた笑みだ。

「頑張れ。大丈夫だ、皆無事に外でまた会えるから。」

「ジタン・・・。」

は顔を上げてジタンを見た。ジタンは小さく頷く。

「ジタン、行くぞ。」

「ああ。」

ジタンはスコールに返事をすると、一度の手を強く握り締めてから放した。

そして、スコールと共に暗い闇の中に消えて行った。

2人がいなくなっただけで、急激に恐怖が増加する。

はクラウドの腕に縋り付き、必死に震えを押さえようとした。

クラウドはの肩を抱き締め、「大丈夫だ」と囁く。

、懐中電灯持ってるか?」

「え・・・?・・・ある、けど・・・。」

は懐中電灯をクラウドに差し出す。クラウドはサンキュ、と言って受け取った。

は首を傾げたが、すぐに懐中電灯が必要な理由がわかった。

クラウドは先ほどを助けるために少女に懐中電灯を投げ付けたのだ。

持っていないのも当たり前である。

「ジタン達・・・大丈夫、だよね・・・?」

不安げにクラウドに尋ねると、クラウドは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

それから苦笑し、の頭を撫でて答える。

「当たり前だろ。ジタンだけなら心配するところだが、スコールも付いてる。安心しろ。」

言われて、はこくんと頷いた。

大丈夫だと信じたくても、なかなか思考は思い通りに働いてくれないのだ。

さっき少女に追い駆けられたときのことを考えると、知らず知らずのうちに体が震えてくる。

思い出したくもないのに、ふとした瞬間にあの少女の顔が浮かんできてしまうのだ。

もしかしたら今も、自分達の近くで息を潜めているかもしれない。

自分達が罠にかかるのを、楽しげに待っているのかもしれない。

「・・・とりあえず、俺達も行こう。ティーダを見つけて、さっさとこんなところ出よう。」

クラウドはしっかりとの手を握る。

はその手を握り返しながら、静かに頷いた。






現在クラウドとがいるのは2階の一室だ。ティーダとジタンがはぐれたのも確か2階での話。

ということは、もしかしたらまだティーダはこの階にいるかもしれない。

だが、先ほどスコール達は2階を探しに行ったように見えた。

2階は彼らに任せて大丈夫だろう。

「3階に行ってみるか。」

は複雑な表情でクラウドを見た。出口がある1階から遠ざかるのが不安なのだろう。

クラウドは背中にを庇いながら3階へ続く階段をゆっくり登って行った。

背中のが恐怖を押し殺しているのがわかる。

いや、クラウド自身相当冷や汗をかく思いをしている。

背筋が凍るような恐怖を押し殺すのは容易いことではない。

だが、の前で怯えているわけにはいかないのだ。格好悪いとか、そういう問題ではない。

情けないとか、そういう問題で自分を奮い立たせているのではない。

そうではなく、を守らなくてはならないと思っているから、なのだ。

怯えて、自分に縋り付いてくるの前で恐怖に負けているわけにはいかない。

それに、が今傍にいてくれているから、クラウドも恐怖に打ち勝つことが出来るのだから。


ふと、クラウドはビクリと身を竦ませて歩みを止めた。

はクラウドを見上げる。

「・・・どうしたの・・・?」

「しっ・・・。」

クラウドが慌ててを制す。は黙って口を閉ざし、耳を澄ました。

そして、目を見開いて体を強張らせる。

カツン、カツン、と音がする。

誰かがこちらに歩いて来ているのは間違いないようだ。

不気味に響き渡る足音。その足音は、聞きなれた友の足音ではない。

クラウドはを自分の背中の後ろにしっかりと隠し、身を沈めて身構えた。

『クク・・・ククククク・・・・』

壊れた笑い声。現れたのは、詰襟を着た少年だった。

右手に剃刀を持っているのは今まで出会ったモノ達と同じだったが、ひとつだけ違うことがあった。

あまりにグロテスクな光景にクラウドですら目を背けたくなる。

その少年には、左手がなかった。

青白い骨が剥き出しになっており、そこから赤黒い血がぼたぼたと垂れ落ちている。

目玉はどろりと飛び出し、腐敗した舌はだらしなく垂れ下がっている。

『ククク・・・俺さぁ・・・手首切り過ぎちゃったんだよ・・・ほら、ザックリ・・・。

左手、なくなっちゃったよ・・・なぁ、これって全部お前らの所為だよな・・・?』

笑っているのに、笑っていない目。急に殺気を纏い始めた少年に、クラウドは一歩退いた。

「そんなの知るか・・・。俺達は3階に用があるんだ。そこ、どいてくれないか?」

目を細め、クラウドは少年に言う。

だが少年は何も聞こえていないのか、狂った言葉を呟くだけだ。

『クク・・・お前らの所為だ・・・全部全部全部全部全部全部ッ!!!』

舌打ちをしたい気分だった。

言葉も通じなければ弁解というものも出来ない。

少年は目の前にいるクラウド達を敵と見なし、早く逃げなければ襲い掛かってくるだろう。

「逃げるぞ!!」

クラウドはの背中を押し、登って来た階段を猛スピードで駆け降りだした。

少年が後ろから追い駆けてくる。剃刀を振り上げ、狂った笑い声を上げながら。

だが、最初に出会った少女に比べれば速度は断然遅い。この調子なら撒くことも出来るだろう。

クラウドは背中越しに後ろを一瞥し、すぐに正面を向いての無事を考えながら走った。

先ほどの部屋に逃げ込んだ方が安全かもしれない。

クラウドは元居た部屋にを連れて駆け込んだ。

扉を閉め、内側から細工をして外から開けられないようにする。

入り口にまだ残っていた血溜まりに背筋が冷えたが、今はそれどころではない。

を抱いて押し入れの中に入り込み、その場で息を殺した。

しっかりと腕にを抱え、上がった息を押さえて、ただ耐えた。

「・・・・?」

だが、いつまでたっても扉から気配がしない。

上手く撒けたのだろうか?それとも、相手も気配を殺して様子を窺っているのだろうか。

クラウドは押し入れから少し身を乗り出し、耳を澄ました。音は聞こえない。

クラウドはの肩を掴むと、言い聞かせるように口を開いた。

「俺は少し外の様子を見てくる。はここで待っててくれ。」

「っ・・・!」

明らかに不安の色が濃くなった。だが、ここにいる方が安全だと考慮したからクラウドは言ったのだ。

「大丈夫だ、すぐに戻ってくる。さっき俺が扉に細工したの見ただろ?俺が出て行ったら、同じように

扉に細工して外から開けられないようにしろ。そうすれば多分絶対安全だ。」

「ヤだ・・・。クラウド、ヤだよ・・・。」

「心配するな。・・・大丈夫だから。」

クラウドは微笑み、の頬を撫でた。

「戻ってきたら、合図を出すよ。ゆっくりとした5回のノックが聞こえたら扉を開けてくれ。」

真剣なクラウドの瞳。もう何を言っても無駄なのだろうか。

はクラウドの服をきつく握ると、無言で首を横に振った。

あまりに痛々しいの様子に、一瞬クラウドの想いも揺らいだ。

だが、のためなのだ。決してクラウドは相手に捕まるようなヘマはしない。

クラウドは優しくの手を解くと、そのまま立ち上がって部屋を出て行った。

しんと静まり返る部屋の中。真っ暗な闇の中で、は呆然と扉を見つめていた。

だが、すぐに我に返って立ち上がり、扉に細工をする。

簡単な細工なので、すぐに実行することが出来た。

それから部屋の真ん中に戻り、すとんと座り込んだ。

怖い。独りがこんなに怖いものだなんて。

ティーダは本当に大丈夫なのだろうか。彼のことだから、自分みたいに怖がることはないのだろうけれど。

は静かに部屋を見回した。まだクラウドが出て行って数分とたっていない。

だが、早く帰ってきて欲しいと心臓が早鐘を打つ。

独りは怖い。心細い。お願いだから、早く帰ってきて。



は部屋の窓を見て、硬直した。

これ以上ないというほどに目を見開き、窓を見つめたまま動けなくなった。

体中が悲鳴を上げている。早く逃げろ、ここにいてはいけない、と。

だが動く事が出来なかった。まるで金縛りにあったかのように、全く動けなくなった。

窓の向こうには、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた男性がいたのだ。

茶色いスーツを着ているようだが、あちこち赤で染め上げられていて汚れている。

その男性を見て、は混乱していた。

今自分がいるのは2階のはず。その2階の窓の外に誰かがいるなんてあり得ないのに。

そもそも、幽霊というのは幻想学院で心中した生徒4人だけではなかったのか。

目の前にいる“それ”は、どう見ても生徒には見えない。むしろ、まるで教師のような。

そこで、の思考回路が繋がった。彼は、4人に殺された例の暴力教師なのだと。

「ぁ・・・!」

腰が抜けてしまって立つ事が出来ない。

男性はニヤリと笑うと、口を開いた。

『・・・俺を殺したのはお前かぁ・・・?お前だな・・・お前が俺を殺したんだな・・・ぁ?』

「ち・・・違ッ・・・!!」

喉が掠れてしまって声が出ない。は後退りながら男性を凝視していた。

扉からゆっくりとしたノックが聞こえる。

1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・。

クラウドだ。クラウドが扉の前まで来ている。だが、には立ち上がることが出来なかった。

【・・・?】

クラウドの声。助けてと叫びたいのに声が出ない。

?おいっ、っ!!】

部屋の中の様子が変な事に気付いたのかクラウドの様子が一気に変わる。

ドンドンと叩かれる扉。それと同時に、ますます笑みを深くする男性。

――――――助けて!助けて!!助けて!!!

「ぁ・・・ああ・・・!!」

心が叫び声を上げている。扉の向こうのクラウドに、必死に叫び声を上げている。

けれど口から漏れるのは助けを求める声などではない。ただ魚のように喘ぐだけだ。

!!!どうしたんだ、返事をしろ!!】

男性が、窓を突き破って部屋の中に入ってきた。

派手にガラスが割られ、それでもは男性を凝視したままだった。

男性の手には金属製の定規。定規には赤い汚れがこびり付いている。

男性の手がに伸びる。



「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



っ!!!」

叫ぶと同時に部屋の扉が蹴破られ、クラウドが慌てた様子で入ってきた。

クラウドの姿を見て男性は笑みを浮かべると、そのまま窓の外へ飛び降りて消えた。

クラウドはの前に立つと、窓の外を見つめた。しかし、男性の姿はどこにもなかった。

・・・。」

やっと振り向き、クラウドはを見つめてしゃがみ込んだ。

はカタカタと震えながら、ただしゃくり上げることもなく涙を流している。

クラウドは眉を寄せ、目を細め、そしてを強く抱き締めた。

「ごめん」

怖い思いをさせてしまったこと、何も考えず部屋を出て行ってしまったこと、全ての想いを込めて。

「・・・ぅっ・・・く・・・。」

はクラウドの服を握り締めると、顔を隠すように俯いて泣いた。

出来るだけ声を噛み殺して、体を思い切り震わせながら。

怖かった。けれど、クラウドが来てくれてよかった。

ただひたすら、闇夜の中で。









<続く>


=コメント=
あらら・・・続いちゃったよコレ。
本当はただギャグモノホラーにしたかったんだけどね、
なんだか書いてるうちに文章がどんどんグロテスクに・・・(汗
で、途中からギャグを諦めて本物のホラーにしちゃいました。
おどろおどろしさとかが上手く表現出来てるといいなぁ・・・。

あはは・・・しかも次回に続いてます。
ティーダの行方は!?ジタンとスコールの運命は!?クラウドとに待ち受けてるものとは!?
次回、教師軍が滅茶苦茶出張る予定。
ヴィンセントにセフィロスにシーモア辺りですね。
ご期待ください! [PR]動画