澄んだ星空を見上げながら、私はあなたのことを想う。






あなたは、今この星空を見上げて何を想っているの?






この澄んだ美しい星空を見上げながら。










心の鎖










ー!ごめん、倉庫の方からお鍋持ってきてくれるー?」

「あ、うん・・・わかった。」

ユフィが言ってきたので、は曖昧にも返事を返した。

ユフィは不思議そうな顔をして、の顔を覗き込む。

「・・・ダイジョブ?」

「・・・うん、平気。」

笑みを浮かべてユフィに言う。だがしかし、きっとちゃんと笑えてはいないだろう。

相当、辛そうな笑みに見えたに違いない。

ユフィは少し眉をひそめたが、が「平気」と言うのに深く追求は出来ない。

いや、出来なかっただけなのかもしれない。

あまりに、の纏っているオーラが痛々しかったから。

ユフィはひとつ小さく頷くと、の背中をトンッと押した。

は少し驚いて振り向く。

ユフィは難しい表情だったが、それでもただ一言だけ。

「何があったか知んないけどさ、頑張れ。」

精一杯の、ユフィの言葉。

は目頭が熱くなるのを感じながら、精一杯の笑顔で返した。





重苦しい気持ちを抱えたまま始まってしまった避暑旅行。

その避暑旅行も、今日で4日目である。


『・・・俺は、あんたのことなんて知らない。・・・気安く俺のことを呼ぶな。・・・うざったい。』


あの言葉を言われたときは、本当に自分が壊れてしまうかもしれないと思った。

心のどこかで、何かが割れる音がしたように思えたからかもしれない。

けれど、自分はしっかりと自分の足で立ち、歩いている。

今こうして、しっかりとこの地面を踏み締めて立っているのだ。

「・・・不思議、だよね・・・。」

自嘲気味に笑う。

クラウドもティーダもジタンも、3人ともとても心配をしてくれた。

あの時崩れ落ちてしまったを支え、軽く抱き締めるようにしてくれたクラウド。

震えるの背中を優しく叩き、「大丈夫だから」と何度も呟いてくれたティーダ。

顔を隠すように垂れたの髪を優しく撫で、頬をなぞってくれたジタン。

皆、大切な仲間だ。

だが、そこにはスコールがいない。

自分に膨大なショックを与えたのは、誰であろうスコールなのだから。

それが一番哀しく、そして辛かった。






避暑旅行は全部で十日間ある。

その間、全て自炊をしなくてはならない。

はユフィやセルフィと部屋が同じなので、3人で自炊をすることになった。

食料はあるから、調理すればいいだけなのが唯一の救いかもしれない。

調理器具は自分達が泊まっているロッジから少し離れた倉庫にある。

はロッジを出て、小さな溜息をついた。



空を見上げると、満天の星空。

都会では見られない数の星々が空に舞い散っている。

は小さく身震いをした。

夏とはいえ、避暑地。夜になると冷えるのである。

はもう一度星空を見上げてから、ゆっくりと倉庫に向かって歩き出した。

自分の歩く足音だけが聞こえる。

砂を蹴り、石を転がす小さな音だけが。

ふと気付くと、倉庫は目の前だった。

やはり小さく溜息をついてから、は倉庫の扉を開けた。




中は少しかび臭かった。考えれば確かにそうだと思う。

一年に一度しか使われないロッジ。そのロッジでさえ埃っぽかったのだから、

倉庫がもっとかび臭いのは当たり前である。

はふと倉庫に入って気付いた。

倉庫の電気が、付けられているのだ。小さな電球には、光が灯っている。

「・・・誰かが、付けっぱなしにしたまま行っちゃったのかな?」

は思い、とりあえず傍にあった鍋を手にした。一応一番綺麗なものを選んだつもりだ。

そのとき、ふと視線を感じては振り返った。

そして、動きを止める。

目を見開き、その場に硬直した。

「・・・スコール・・・。」

そこに立ち、こちらを睨んでいるのはスコールだったのだ。

手にフライパンを持っているところを見ると、調理器具を取りに来た様子。

「・・・俺のことを気安く呼ぶなと言ったはずだが。」

スコールが言った。

その言葉で、やはりスコールが記憶を失っているのは事実だと思い知らされる。

は身を竦め、小さな声で言った。

「ごっ・・・ごめんなさい・・・。」

「・・・・・・。」

スコールは黙ってを睨み付け、そのまま倉庫を出て行ってしまった。





驚いた。まさか倉庫で鉢合わせをしてしまうなんて。

予想もしなかった。

クラウド、スコール、ティーダ、ジタンの四人もこの旅行に参加しているのだった。

重苦しい気持ちを抱えていたせいだろうか。

それとも避暑旅行に来て3日間会っていなかったからだろうか。

すっかり忘れていた。

けれど、だからこそスコールの冷たい瞳が胸に突き刺さった。

前の優しいスコールの表情ではなく、本当に酷く冷たい表情。

怖く、哀しく、そして見ているだけで切なくなる。

目頭が熱くなる。けれど。

「泣かない」

は声に出して言った。

泣きなどしない。悲劇のヒロインぶって、涙を流すのはお門違いだ。

何故なら、スコールが記憶を失ってしまったのは半分の責任なのだから。

の不注意を救ってくれたスコールが怪我をして、そして記憶を失った。

だから泣きなどはしない。ここで泣いてしまえば、スコールに失礼だ。

スコールに記憶を取り戻して欲しいからこそ、泣かない。

「・・・・・・。」

入り口から声がして、は振り返った。

そこには、少し息を切らせたクラウドが立っていた。

ロッジからここまで走ってきたのだろうか。

「クラウド。どうしたの?調理器具、取りに来たの?」

そうではないことくらい、にだってわかっている。

でも、だからこそ弱い自分を見せられないと思った。

「・・・部屋に戻ってきたスコールがえらく不機嫌だったからな。何があったのか聞いてみたら、

倉庫でに会ったって・・・。・・・スコール、また酷いことお前に言ったんだろ?

悪い・・・。・・・あいつ、悪気があるわけじゃないんだ。ただ・・・」

「なんでクラウドが謝るの?私なら大丈夫だよ。」

クラウドの言葉を遮って、は言った。

クラウドは顔を上げる。

「大丈夫だよ。ちゃんと自分の足で立って、自分の足で歩けるから。

・・・そりゃ確かに、ちょっと地面の土が痛く感じることはあるけど、でも平気だよ。

私、皆が大好きだもの。だから、頑張ろうって思えるんだ。」

何を言ってるんだ、私は。

こんなの、回りくどい愚痴にしか聞こえないじゃないか。

こんなことを、クラウドに聞いて欲しいんじゃないのに。

は思いながら、唇を噛み、俯いた。

クラウドがこちらに寄ってくる足音が聞こえる。

「・・・スコールのこと、嫌わないでやって欲しいんだ。」

は顔を上げる。

あまりにクラウドの言葉が唐突過ぎた。理解するのに、しばし時間がかかる。

「スコールの、こと・・・?」

「あいつ・・・近頃ずっとやわらかい空気になっていたのに、のこと忘れてから・・・

もう、随分見てなかった表情をするようになったんだ。俺達にすら笑いかけない。

・・・に出会う前に、逆戻りしてしまっているんだ。」

そうか。だから辛いんだ。

忘れられてしまったというのも確かに辛い原因のひとつかもしれない。

けれどもっと辛いのは、スコールの目が自分を見ていないこと。

それは、笑顔とかそういうものだけではなく、空気全体がそうなのだろう。

他人を近寄らせない空気。それが、今のスコールが纏っている空気。

けれど、だからといってスコールを嫌う理由にはならない。

は少し微笑んで、言った。

「私は誰も嫌いにならないよ。嫌われることがどれだけ辛いことか、私は知ってるから。

例え自分が嫌っていた相手だとしても、誰かに嫌われるってことは少なからずその人に

ダメージを与えるんだよ。私は、スコールにこれ以上ダメージを負わせたくないもの。」

何より、スコールを嫌うなんて出来ないのだから。

出来るならば、スコールに思い出して欲しい。

と出会ってから記憶をなくすまでの、全ての思い出を。

そして、感じて欲しい。

なくしてしまったスコールの記憶が、にとってどれだけ大切なものかということを。

クラウドは目を細め、小さく頷いた。

その顔は、笑おうとして、失敗したような顔だった。










避暑旅行も5日目に突入した。

既に避暑旅行の半分の日数に達してしまった。

日が過ぎるごとに、だんだん気持ちが重くなるのはどうしてだろうか。

部屋で本を読んでいるに、セルフィが言った。

、楽しくないんやろ。」

「え?」

本から顔を上げ、セルフィの方を向く。

セルフィはクッションを抱えた格好で、を睨み付けるような表情をしている。

「どうして?」

「だって、避暑旅行に来てから一度も笑ってないもん。」

そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

は本を置き、微笑んで言った。

「そんなことないよ。楽しいよ?皆でご飯作って食べたり、自然の中で本を読んだり、ね。」

「嘘。」

即答。

セルフィはの方を見向きもしない。

は困ったように眉を寄せた。

セルフィはテレビを見つめたまま何も言わない。

ただテレビの音が部屋に広がるだけで、二人の間には沈黙が流れた。

だがふと、ぽつりとセルフィが言う。

「・・・スコールのこと、やろ?」

辛そうな、セルフィの声。

は少し驚きつつ、何も言えずに口を閉ざしていた。

「スコールな、記憶喪失になってから笑わなくなってん。ニコリとも、笑わへんねん。

私のことも、あんまり見ないし・・・家でも、あんまりしゃべらへんねんよ?」

声が震えている。泣いているのだろうか、と思い、は口を開こうとした。

だが、セルフィの言葉に遮られる。

「スコール、辛そうなんや。・・・無表情で無口なのは、と会う前と同じやねんけど、

どこか、辛そうなんよ。・・・感情をぜーんぶ押し込めてしもてるみたいなんや・・・。」

「セルフィ・・・。」

「スコール、記憶を失う前はあんなんやなかった。いつも、のこと嬉しそうに

話してたんやで?口数は相変わらず少なかったけど、でもあんなに嬉しそうだった

スコールを見たんはウチかて初めてやったんや。を、本当に大切なトモダチ

と思ってるってすぐにわかるくらい、嬉しそうに話してた。

だから、今の状況が見てて苦しい。辛いんや。」

静かだけれど、重いセルフィの言葉。

辛いのは、やクラウド達だけではないと思い知らされる言葉だった。

セルフィも辛いのだ。自分の兄が、以前よりも酷くなってしまったことが。

笑ってくれるようになった兄が、笑わなくなってしまったことが。

「あのね、セルフィ。」

が言った。

「私昨日クラウドにも言われたんだ。スコールが、私と出会う前に逆戻りしてるって。

セルフィも今言ったよね。私と出会う前のスコールよりも今の方が酷いって。

それってさ、なんだか私の影響でスコールの性格が改善したみたいな言い方じゃない?」

セルフィはを見つめた。

改善したみたいな、ではなく、そうなのだ。

セルフィは少なくともそう信じていた。

「でもね、私はそうは思わない。私は以前のスコールを知らないから何とも言えないけど、

それでも私にだってはっきりとわかるよ。スコールは私と出会ったから変わったんじゃない。

確かに私はスコールが変われる何らかの機会を与えているかもしれない。けれど、

スコールを変えたのは私なんかじゃなくて、スコール本人の力だよ。」

はっきりと言う

の声は透き通っていて、何故かとても説得力があった。

「スコールは元からとても優しい人なんだよ。きっと私はその優しさを引き出す機会を

与えただけ。特別なことは、何もしてないよ。」

そんなことない。は、スコールにきっと特別な何かを与えた。

その言葉を、セルフィは飲み込んだ。

そんな自分の言葉より、の言葉の方が正しい気がしたから。

「だからね、私今回のことでも何もしないのは嫌なんだ。

少しでいい。スコールの記憶を戻す機会を与えてあげたいの。

少しのことでも、きっとかなりの効果があると思うんだ。スコールは強いからね。」

は優しく微笑む。

セルフィは驚いた表情でを見つめたまま、黙っていた。

ぽかんと口を少し開けて、目を大きく見開いて。

「今夜、少しスコールと話そうと思うの。」

「大丈夫、なの?」

スコールは今優しいスコールではない。全てを忘れてしまった、冷たいスコールなのだ。

いくら他人に無関心のスコールとはいえ、と二人で対峙するのは良くないのではないか。

だが、は微笑んだまま答える。

「大丈夫だよ。何も起こらないから。きっと。」

どこからその自信があふれてくるのかはわからないが、セルフィには確信があった。

絶対には大丈夫だ。

こんなに、優しく綺麗な心を持っているのだから。

そして何より、スコールとを二人きりにさせない人物達がいることを知っているから。








「こんばんわ。」

部屋に訪ねて行ったときの、ジタンの呆気に取られた表情はきっと一生忘れられない。

ぽかんと口を開け、まるで狐につままれたような顔をしていた。

???ど、どうして?」

どうやら少し混乱しているらしい。舌が上手く回っていない。

は苦笑を浮かべながらも、ジタンに言った。

「スコールに会いに来たの。いる?」

「いる?って、そりゃ・・・いるけど、さ。」

ジタンは部屋の中を見て、それから不安そうな表情でに向き直った。

「・・・やめとけよ。ロクなことにはならないぜ?伝言なら、伝えるから。」

「駄目。これは直接言わないと効果がないのよ。

スコールから見た“うざったい女”の口から直接言わなくちゃね。」

真剣な瞳。ジタンは少し躊躇していたが、やがてをドア前に待たせて部屋の中に

入っていった。取り合ってくれるのだろう。

時間はかからなかった。すぐにスコールが出てきたのだ。

ただしものすごく不機嫌そうな顔をしていたが。

「こんばんわ、スコール先輩。少しお話ししたいんですけど、お時間頂けますか?」

「話すことなどない。帰れ。」

即答。

だがここで「はいそうですか」と退いては意味がないのだ。

は腰に手をあて、胸を張ってスコールに言った。

「10分でいいです。二人きりでお話ししたいことがあるので。」

「お前に話したいことがあっても俺にはない。」

「スコール先輩にはストレスってもんがないんですか?」

「・・・何だと?」

「愚痴でも何でも聞きますから、付き合ってください。

先輩が首を縦に振るまで私ここを動きませんよ。一晩中私の声が聞きたいですか?」

そこで少しスコールが黙り込んだ。

10分だけ話をするのと、一晩中付き纏われるのと、どちらが良いか選んでいるのだろうか。

だが、その二つを天秤にかけたとしたら答えは決まっている。

「・・・10分だけだぞ。」

「充分です。」

溜息混じりのスコールの返答は、の勝利を意味する言葉だった。






はスコールを連れてロッジの外へ出た。

空は変わらず満天の星空。暗い夜空だからこそ星が光るのかもしれない。

「・・・話って何だ。手短に済ませてもらおうか。」

「言われなくても手短にするつもりです。」

絶対にひるまない。ひるんだら、負けだ。



「先輩、ご自分が記憶をなくしてるってご存知ですか?」

「医師には聞いた。だが俺には関係のない記憶だ。」

それは違う。

自分にとってどれだけ大切な記憶かを忘れてしまっているだけ。

本当はとても大切な、にとっても大切な、思い出。

「記憶、取り戻そうとは思わないんですか?」

「今も言ったが、俺には関係ない。・・・どうせ、今と大した変わりはないんだろうからな。」

そんなこと、ない。

「先輩がそれで良くても、それでは良くないと思ってる人がいるんです。」

ここに。

「・・・どういう意味だ?」

「先輩はご自分にとってその記憶がどれだけ大切か、ご存知ないんです。」



思い出して欲しいと思っている人物がいることを、思い出して欲しい。



「クラウド先輩にも、妹さんのセルフィにも言われました。

記憶をなくしたスコール先輩は、以前とはまるで違うって。

ある一人の人物のことを忘れてしまってから、まるで変わってしまったって。」

スコールが、目を細めたのがわかった。

ほんの少しの反応だけれど、には手に取るようにわかった。

「そういう存在がいたということすらわからないんですか?

先輩、その子は今、とても哀しんでいます。辛い思いをしています。

大好きだった先輩に、うざったいって言われてしまったんですから。」



一人の少女の想い。



その想いを言葉に込めて、スコールにぶつける。



強い想いは、必ず届くはずだから。



「先輩、思い出してあげてください。その子のこと。

いえ、なくしてしまった記憶を、取り戻してください。

私、先輩が大好きです。だから、前の先輩に戻って欲しい。」



願い。



「思い出してください。“”のことを。」



思い出してください。一人の少女のことを。

その少女が、まだあなたのことを信じているということを。

先輩。








「・・・俺には、関係ない。」

「先輩っ!」

踵を返して、に背中を向けたスコール。

関係なくなんてないんだよ。

スコール、スコールは私のことを思い出したくもない?

もう、思い出なんて・・・いらないの?

私の気持ちなんて、スコールには・・・関係ない?


ふと、ガサリと音がして草むらからクラウドが出て来た。

そして、スコールの前に立ちはだかる。

スコールは目を細め、クラウドを睨み付けた。

「・・・どういうつもりだ。」

「悪いな。盗み聞きなんてして。けど俺には話を聞く権利がある。」

はスコールの後ろで、驚いた表情でこちらを見ている。

クラウドはそんな様子を一瞥し、スコールに言った。

「スコール。お前、逃げるつもりか。」

「・・・逃げる?」

スコールの目が、更に鋭く細められる。

クラウドはひるまず、しっかりとスコールを見つめたまま言った。

「俺からひとつ言わせてもらう。お前、記憶を取り戻さないと一生後悔するぞ。

今のお前はそれでも構わないかもしれない。けれど、記憶を持っていた頃のお前は・・・

必ず、今この状況を憎む。スコール、お前はそれでいいのか。」

「言っている意味がよくわからないな。」

クラウドは小さく舌打ちをした。

本人に記憶を取り戻したいという意志がなければ、意味がないのだ。

は変わらずスコールの後方で佇んでいる。

クラウドは決意を固める。

。来てくれ。」

「え・・・?」

クラウドはを呼んだ。ひとつの策を思い付いたのだ。

は首を傾げながらもスコールの隣を通り過ぎ、クラウドに近寄った。

スコールも不思議な顔をしている。

クラウドはスコールを一度睨み付けてから、思い切りを抱き締めた。

急なことでは驚きを隠せず、顔を真っ赤にしている。

「クッ、ク、クラウドっ!?」

慌てるの耳元でクラウドは囁く。「後で文句は聞くから、今は黙っていろ。」と。

するとは顔を真っ赤にしたまま抵抗をやめた。

ただ黙って、クラウドの腕に抱かれているだけである。

「・・・なんのつもりだ。」

スコールが一気に不機嫌になったのがわかった。

クラウドは内心ニヤリと笑い、を抱き締めたまま言う。

「別に。恋人同士で抱き合うのが悪いことなのか。」

が一瞬抵抗しかけたが、それはあえて無視する。

もちろん言葉が嘘なのは当たり前だ。クラウドはひとつの大芝居に出たのだから。

「・・・そいつはお前の恋人なんかじゃない。」

最悪的に不機嫌な声音のスコール。

ここからが本番である。

「さて。記憶をなくしてるお前に言われても説得力がないな。

俺とが恋人だってことも忘れてるんじゃないか?」

「そいつはお前の恋人じゃない。」

「何ヤケになってるんだ。悔しいのか?」

わざと挑発的にスコールを誘う。これも全て、クラウドの策の内なのだ。

それまでただ突っ立っていたスコールは姿勢を変えると、クラウドを睨み付けた。

「お前も少しは反論しろ。さっさとクラウドから離れろ。」

どうやら今の言葉はに言ったようだ。

だがが離れようとすると、クラウドは腕の力を更に強くした。

そして、に囁く。

『俺が言う通りに言うんだ。いいな?』

『ど、どういうこと・・・?』

『いいから』

短く言われ、は抵抗する力を弱めた。

『スコールには、関係ない』

「ス・・・スコールには関係ないでしょ・・・」

一言しかまだ言っていないのに、スコールの目が鋭くなった。

だがまだ大芝居を下りることは出来ない。

『悔しいなら、自分の記憶を取り戻してみたらどうだ』

「く、悔しいなら、自分の記憶を取り戻してみたらどうなのよ!!」

『私のことを知らない人に、指図される覚えはない』

「私のことを知らない人に、指図される覚えなんてないわ!!」

スコールはクラウドを睨み付けたままだ。

彼の不機嫌度もそろそろマックスに近付いているだろう。

それが、クラウドの狙いだった。

スコールはゆらりと一歩踏み出すと、小さくを一瞥した。

「クラウド、そいつを放せ。」

「何度でも言う。嫌だ。」

「喧嘩を売っているのか。」

「ああ、安値で売ってやる。」

「ふざけるのも大概にしろ。」

「俺は最初から大真面目だ。」

小さな言い合い。だが、クラウドには確信があった。

スコールは全てを忘れてしまったわけじゃない。

本当に関係がないと思っている相手なら、恋人といちゃついたところで何も思わない。

だが、とクラウドが抱き合った時点で、彼の反応が変わったのだ。

“関係がない女”のはずのとクラウドが抱き合っているのを見て、不機嫌になった。

それは少なからず何かを覚えているという証。

あとはそこから、全ての記憶を引き出せば良いだけの話だ。

、キスするぞ。』

『えっ・・・えぇっ!?!?』

さすがにそれは焦る。困る。いくら相手がクラウドといえども!

『馬鹿、額だ、額!大丈夫だから!』

が赤くなったからだろうか。クラウドも少し顔を赤らめて、慌てて言い繕った。

額。そりゃまぁ、唇よりははるかにマシだろう。

だが額。されど額。

『スコールの記憶を取り戻したいんだろ?』

『ウ・・・』

それを言われてしまうとどうにも動くことが出来ない。

は小さく頷くと、目を閉じてクラウドの方を向いた。

クラウドはそれを見て、ゆっくりと自分の唇をの額に近付けていく。

スコールの目の前でいちゃつくということに、効果があるのだ。


クラウドの唇がの額に触れた瞬間、それは起こった。

「そいつに触るな」

スコールの低い声。クラウドとはスコールを見つめる。

クラウドはその言葉を待ち望んでいたかのように、ニヤリと笑った。

「そいつに・・・に、触るなっ!!!」

振り上げられるスコールの拳。

クラウドはを解放して自分に振り下ろされる腕を掴んだ。

そのまま静止し、互いに鋭く睨み合う。

ひとつの変化に気付いたのは、だった。

「・・・スコール・・・今、私のこと・・・。」

ハッとしてスコールはクラウドを見つめる。



『そいつに・・・に、触るなっ!!!』



聞こえた。

自分の名を呼ぶ声が。

スコール自身、驚いた表情でクラウドを見つめている。

クラウドはしばし厳しい表情を崩さなかったが、やがて手の力を緩めると小さく溜息をついた。

スコールはクラウドを見つめたまま黙っている。

「・・・手間取らせやがって。今度何か奢れよ、スコール。」

ふっと微笑んだクラウド。その言葉で、は全てを理解した。

口を手で覆い、目を見開いてスコールを見つめる。

彼の纏う空気が一変していた。やわらかい、暖かい空気になっていた。

クラウドの大芝居は、見事成功したのだ。

スコールは目を細め、真っ直ぐに自分を見つめているを見た。

今にも泣きそうな顔。今にも崩れ落ちそうな体。

「お邪魔虫は退散する。・・・ただし、今回だけ、な。」

クラウドは苦笑を浮かべると、ポケットに手を入れてその場を立ち去って行った。

彼なりの気遣いだろう。今日くらいは特別だと思っているのかもしれない。





「スコール・・・。」

彼が元に戻ったとわかっていても、はスコールに歩み寄る事が出来なかった。

ただその場に立ち尽くし、彼を見つめたまま動けなかった。

また、否定されるのが怖い。二度とあんなことはないとわかっていても、怖い。

スコールの優しい瞳が、真っ直ぐを見つめている。

ただ、その瞳に浮かぶ色は哀しみの色。

何を哀しんでいるの?もう哀しむ必要なんてないのに。

しばらく沈黙が続いていたが、やがてスコールが一歩に歩み寄った。

「・・・・・・。」

やっと、名前で呼んでもらえた。

それが嬉しくて、我慢しようと思っているのに涙が流れた。

“お前”と呼ばれるのと、“”と呼ばれるのでは全然違う。

たったこれだけのことなのに、どうしてこんなに心があたたかくなるのだろう。

「・・・ごめん、な。」

「全部・・・覚えてるの?」

記憶を失っていたときのことを。

尋ねると、スコールは静かに頷いた。

覚えているんだ。にどのように接していたか、を。

「・・・・俺、本当に何やってたんだろう、な・・・。」

自嘲気味にそう言う。

スコールは悪くないのに。そう呟きたくなる。

「・・・怖がらせただろ?・・・ごめんな。」

「ううん、そんなことない。確かに辛かったけど・・・元に戻ってくれたのなら、もういいの。」

それは本心だった。

元に戻ってくれたのなら、もう何も望まない。

大切な記憶を取り戻してくれて、ありがとうと言いたい。

「俺・・・を傷付けた。・・・だから・・・。」

「それでも」

スコールの言葉を遮っては口を開く。

スコールは少し驚いたようにを見つめた。

「それでも、私スコールと友達でいたいよ。今まで通り、仲良くして欲しい。」

ずっと友達でいたい。友達でいさせて欲しい。

だから。

・・・。」

「私、スコールにありがとうって言わなくちゃ駄目なの。あの交通事故の時、私を庇ってくれて。

私本当に嬉しかったよ。だから、ありがとう。・・・スコール、ありがとう・・・。」

一言一言噛み締めながら言う。

スコールはに歩み寄り、その体を優しく抱き締めた。

暑い夏の夜なのに、抱き締められているととても心地良かった。

スコールは囁く。

「・・・俺も・・・ありがとう・・・。」

全ての気持ちを込めて。






満天の星空を見ると、美し過ぎて泣きたくなる。



その星のひとつひとつに命があり、そして廻っている。



願わくば、君も夜空の星のひとつでありますように。








<続く>

=コメント=
うひゃー!長いですねー!!(汗
一応これで解決編です。ええ、解決しましたとも(威張り
次回は楽しい避暑旅行をお楽しみください(笑
ええ、スコールの記憶も戻った事ですし!(笑

てなことで、避暑旅行は次回まで続きます。 [PR]動画