思いもしなかったよ。





「私」という存在が消されてしまう日が来るなんて。





やっと希望を掴めたというのに、「私」が消されてしまうなんて。










心の鎖










は朝の日差しを感じて、目を覚ました。

隣のベッドではまだティファが眠っている。

枕元の時計を見ると、まだ6時半である。いつもなら7時起床だ。

30分も早く目を覚ましてしまった。

気持ちも少し晴れやかである。何故なら、今日はスコールが学校に来る日なのだから。

昨日ジタンから連絡があり、スコールが退院出来るということがわかった。

電話の途中で言葉を濁し、急に切ってしまったというのが多少気掛かりではあるが。

とにかく、今日またスコールに会えるのだ。

それが嬉しくて、はいつもより30分早く支度を始めた。






「おはよう!」

目の前の見知った人物に駆け寄りながら、は言う。

一目見たら忘れない、不思議な尻尾である。

声を掛けられた少年、ジタンは振り返りながら言った。

「はよ!やけに早いじゃん?どうしたんだ?」

「だって、スコールに会えるんだよ?早く会いたくって。」

満面の笑みで言う。本当に、楽しみだったのだから。

ずっとスコールに会いたくて、仕方がなかったのだから。

だが、の気持ちとは裏腹にジタンは表情を強張らせると、視線を逸らした。

は首を傾げる。

「・・・どうしたの?」

「あの、さ。・・・スコールには、会わない方がいいぜ。」

一瞬はジタンの言葉の意味が理解出来ず、目を見開く。

それからジタンの言葉を冗談と取り、苦笑を浮かべてジタンに言った。

「え、なんで?私スコールに言いたい事たくさんあるんだよ?」

「そんなのわかってる。でも・・・今、スコールに会っちゃいけない。・・・は。」

真剣なジタンの瞳。冗談を言っているようには到底見えない。

は瞬時に表情を無くし、目を細めてジタンを見つめた。

「・・・スコールに、何かあったのね?」

ジタンは何も言わない。苦しそうに眉をひそめ、から視線を逸らしてしまった。

「何があったの?ねぇ、スコールは一体どうしたの!?」

ジタンの腕を掴みながらは言う。

何も話してくれないジタンが腹立たしかった。

一体スコールに何が起こっているのか、自分が何かしてしまったのか。

何も知らないのは、自分だけなのだから。

「ジタンっ!お願い話して!何があったの?スコールはどうしたの!?」

真剣に問うに、ジタンも心を決めたのだろう。

やがての手を掴むと、辛そうな表情をして、言ってしまった。



「・・・スコール、忘れているんだ。・・・のことを。」



目の前が真っ暗になった。

「俺達や自分のことはわかるのに、のことだけ・・・何を言っても、知らないって・・・。

の名前を出したら何も覚えていなくて、それで記憶喪失だってわかった。」

記憶喪失。

何かの拍子にふと記憶が戻ることもあるが、一生そのままということもある。

自分の存在が、スコールの中から消えてしまった?

スコールの中には、もう「」は存在しない?

「・・・だから、会わない方がいい。スコールにとっても負担になるし、

・・・も、きっとものすごく傷付くことになる。」

ジタンが自分のことを思って言ってくれているのだとわかった。

けれど、だからといってスコールに近付かずにいられるだろうか?

もし、廊下で出会ってしまったら。

もし、屋上にいるときに彼が屋上に来てしまったら。

自分は、冷静でいられるだろうか?

無視をして、通り過ぎることが出来るだろうか?

・・・。」

急に黙り込んでしまったから、心配しているのだろう。

ジタンの優しい声が降ってくる。

けれど、その優しい声でさえの心を包んではくれなかった。

スコールに傷付けられてしまった心。その傷を癒せるのは、スコールしかいないのだから。










こんなにカラッポの一日を過ごしたのは久し振りではないだろうか。

授業内容は頭に入らないし、友達に声をかけられても上の空。

自分の言いたいことも整理出来なくて、もう何を言っているのかさえわからない。

今、自分はカラッポだ。

一瞬にして、全てが抜け落ちてしまった気がする。

昼食はユウナ達と取った。

屋上でクラウド達と昼食を取れば、間違いなくスコールと顔を合わせることになる。

スコールに会いたい。けれど、顔を合わせたくないと願っている自分がいる。

矛盾した心。解決方法さえ、わからない。





夕方、放課後になっても、は自分の席から立つことが出来なかった。

窓の外を見つめ、ぼんやりとしたまま動かない。

いや、動けないのかもしれない。

「・・・。」

はゆっくりと振り向く。

何もかも上の空のを見兼ねたのだろう。ティーダが心配そうにこちらを見つめていた。

「・・・大丈夫、か?」

「・・・あんま、大丈夫じゃないかも・・・ね。」

力無く笑い、は言う。

ティーダはゆっくりとに近寄り、隣の席に腰掛けた。

「俺達、スコールが目を覚まして、浮かれてたんだ。

やった、やっと目を覚ましたぞ、って。スコールも自分の状況が理解出来てなくて、

少し視線を泳がしてた。それで事故に遭ったってことを説明して、やっとスコールが

納得して、・・・俺達、の名前を出したんだ。

も心配してる、早く連絡しなくちゃな』って。」

しかし、スコールから返ってきた言葉は残酷だった。

「・・・『って、誰だ?』って。・・・何の冗談かと思ったよ。

けど、冗談を言ってるようにも見えないし、俺達・・・混乱しながら医者に相談した。

そしたら、一部のことを忘れる記憶喪失だ・・・って。

どうしてのことだけ忘れてしまったのかわからないけど、とにかく記憶が戻るって

完璧に保証することは出来ないって言われた。」

「うん、わかってるよ。」

ティーダが一生懸命、説明してくれているのがわかった。

ティーダ達自身も、とても辛いということも言葉の中に見え隠れしている。

ティーダは言った。

「きっと一番辛いのは、のことを覚えていた頃の“前”のスコールッスよ・・・。」

きっとあの頃のスコールは、今の状況を苦しんでいる。

は頷いた。

「うん、私もそう思う。」

他人のことを忘れてしまうのがどれだけ辛い事か。

一体どれだけ、心が傷付いてしまうか。

その痛みを、は知っているのだから。

「・・・、大丈夫ッスか?」

「・・・わからない。スコールを目の前にしたら、私・・・。」

ふと廊下の方を見つめる。

そして、は目を見開いた。

見知った人物。心は止まれと命令しているのに、体は止まってくれない。

は椅子から立ち上がり、無心で駆けて、廊下に踊り出た。

「スコールッ!!」

彼の後姿に向かって、叫ぶ。

彼が歩みを止めて、ゆっくりと振り返る。

は真っ直ぐに彼を見つめた。

彼の目は、“”を見てはいない。

そして、彼は言ってしまった。禁断の言葉を。



「・・・誰だ?」



の目が大きく見開かれる。

本当に、彼は自分のことを“知らない”のだと思い知らされる。

「スコール・・・私だよ、だよ・・・。わかるでしょ・・・?」

震える声。けれど、言わずにはいられなかった。

スコールはきっと冗談を言っているだけなのだと。

きっとすぐに微笑んで、「冗談だ。本気だと思ったのか?」と言ってくれる。

そう信じていたかった。

騒ぎを聞き付けたクラウドとジタンが駆けてくる。

だが、スコールとが対峙しているのを見て、5メートルほど離れて立ち止まった。

時間が止まる。

スコールの目が、を見て、一瞬だけ揺れたように見えた。



「・・・俺は、あんたのことなんて知らない。・・・気安く俺のことを呼ぶな。・・・うざったい。」



ああ神様。

神様は、私をお見捨てになるのですか。

いえ、彼を、スコールを、お見捨てになるのですか。






はその場で固まって、動けなくなった。

スコールはゆっくりと歩き出す。

との距離が、どんどん遠くなる。

まるで全てがスローモーションのよう。

彼が立てる足音も、歩いて揺れる彼の髪の動きも。

そして、全てが崩れるような冷たい音も。



自分の体が、ゆっくりと崩れ落ちるのがわかった。

膝が折れて、視界が歪む。

クラウド達が慌てた様子で駆け寄ってくる。

彼らの腕に支えられても、の視線は虚空を彷徨っていた。

彼を探して。

スコールを探して。






「・・・スコール・・・私・・・を・・・」





―――――まるで、見ていなかった・・・














<続く>


=コメント=
短いですけど今回はここまでです(えー!?
前回のコメントでの謎が明らかになりました(笑
はい、スコール記憶喪失です。
ありきたりだなぁ〜;;
こんなんでいいんでしょうか。ものすごくありきたりです。
あ、でもこの話、多分次回で解決します(早
解決の仕方まで、じっくりとご覧下さいね。 [PR]動画