忌み嫌われても構わない。





俺は、ただ心だけは俺だけのものであるように、と。





ただひたすら、暗い闇の中で・・・





俺は、一番嫌いな足音から逃げようとしていたんだ。











心の鎖













初夏の季節も過ぎて、そろそろ本格的に暑くなる頃。

もう少しすれば、恵みの夏休みがやって来る。

あちこちの学校の生徒は、その恵みのために前期のラストスパートを頑張るのだ。

それは幻想学院の生徒とて同じことである。

気の早い者は、もう夏休みの計画を立てていたりする。

そんな様子が微笑ましい。

「夏休み、か・・・。」

クラウドは一人、屋上で過ごしていた。

いつもならスコールも一緒なのだが、何か用事があるとかでセルフィと先に帰ってしまった。

妹のユフィといえば、他の友達と一緒に駅前のゲーセンに入り浸っていることだろう。

少ししつけがなっていないだろうか。

そんな風に考えてしまうのは、兄の性なのかもしれない。





夏休み。

単語を口にすれば、その一瞬は未来が楽しみになる気がする。

だが、考えてみれば夏休みに何かイベントがあるわけでもない。

スコールやジタン達と会う予定もないし、と遊びに行く予定もない。

花火大会や海開きなど、イベントはいくつもあるのだ。

放っておけば、そのうちジタン達から誘いが来るのをクラウドは知っている。

だから、自分から動く事はほとんどといってないのだ。

だがしかし、はジタン達と違う。

恐らく、ジタン達のように自分を誘う事はないだろう。

誘ってくれない相手とどこかに行きたいのなら、自分から誘うしかない。

しかし、果たしては喜んでくれるのだろうか?

「・・・くだらないな。」

自嘲気味に笑って、クラウドは屋上の柵に頬杖をついた。

暑い日差しがクラウドに向かって降ってくる。

ぼんやりとしていると、思い出すことがあった。





『あんた達、今まで生きてこれたのが誰のおかげだと思ってるんのよ!!!』




ヒステリックな女性の声。ほとんどその声は金切り声に近い。

思い出すのも嫌で、クラウドは小さく頭を振った。


『あたしはね、別に子供が欲しかったわけじゃないのよ。

愛しいあの人と繋がっていたかっただけ。不可抗力であんた達は生まれたのよ。

いい気になるんじゃないわよ。誰もあんた達を愛してなんかいないんだから。』


別に自分は何を言われても良かった。

しかし、妹だけは守りたかった。ヒステリックに叫ぶ母親の姿に怯えている、小さな妹だけは。

どうせこの母親は自分達を愛してなんかくれない。そう見限っていた。






青い空。暑い太陽。

今だけは、昔を思い出してもいいだろうか?












「あぁもうっ!!大切な書類になんてことしてくれたのよあんたはっ!!」

母親の叫び声とともに、俺の体は吹っ飛んだ。

頬には鋭い痛み。腰を強かに床に打ち付け、俺は痛みに耐えるのに必死だった。

確かに、あれは幼い俺のミスだったと思う。

まだ、幼稚園に通っていた時だ。

まだあの頃は、母親に愛されたいと思っていた。だから、母親に喜ばれることをしようと思った。

けれど、幼い子供が思いつくことなんて、ロクなことじゃない。

俺は、母親の仕事部屋の整理をしようと思った。

俺の母親の仕事なんて知らない。元から、興味なんて持たなかった。

だがどうやら、マスコミ関係の仕事らしい。

俺は母親の机の上に山積みになった書類を、丁寧に重ねて整理をした。

しかし、それが仇になった。

「重要な書類がどこに紛れたのかわからないじゃない!余計なことをしてくれるんだから・・・っ!」

俺を見て、母親な憎憎しげにそう言う。

俺を平手打ちで一発叩いただけじゃ気が済まないのか、母親はツカツカと俺に歩み寄ると

高いヒールを履いた足で俺の脇腹を蹴った。

息がつまる。脇腹に、じわりと痛みが広がる。

「勝手な事しないで頂戴!!こっちはいい迷惑よ、わかってんのあんた!!」

ぼんやりとそんな声を聞きながら、俺は目を閉じていた。

抵抗すればするほど、この人が怒る事も知っている。だから、ただ何も言わずに静かにしているのだ。

「クラウドッ!!」

悲痛な声が聞こえて、ユフィが俺のところに駆け寄ってきた。

そんなことも気に障るのか、母親はユフィの髪を掴んでその幼い体を放り投げた。

ユフィは床に倒れ込み、それでも俺のことを見つめている。

「あんた達ガキには、本当に苦労してるのよ!?あんた達なんて生まなきゃ良かったわ!!」

わかってる。

「ああ、もう嫌!うんざりよ、あんた達の顔を見るたびに気分が悪くなるわ!!」

うん、わかってるよ、母さん。

「あんた達さえいなければっ・・・!!」




そう、俺達さえいなければ良かったんだよね。

俺達が生まれてしまったから、いけないんだよね。

俺達さえ生まれなければ、母さんだってこんなに苦労すること、なかったんだよね。




幼い俺は、ぼんやりとした頭でそんなことを思っていた。

けれど、目の前の妹が今にも泣きそうなのを見て・・・それじゃいけないって思ったんだ。

俺は、こいつの兄貴なんだから。

もっとしっかりしなくちゃ、こいつを守らなくちゃって。

そう思った。




母親が子供嫌いってことくらい、わかっていた。

子供が憎たらしいほどに嫌いだから、俺達を忌み嫌うということも。

“俺達だから”ではなく、ただ単に子供が嫌いということ。

そして、俺達は“子供”の中でも特別だということ。

何故なら、俺達は間違いなくあの人の腹から生まれた。

俺達はどんなに成長しても、大人になっても、あの人から見たら“自分の子供”なんだ。

一生、嫌われ続けるということも理解している。

俺とユフィは、毎日一緒に遊んだ。



「ね、私もいっしょにあそんでいーい?」

その日も、俺とユフィは近所の公園で遊んでいた。

そんな時、不意に俺達と同い年くらいの女の子に話し掛けられたのだ。

くりくりした大きな瞳。中ぐらいの長さの髪は、頭の上の方で二つ結びにされている。

空は晴天。俺は、その女の子が空から降ってきたのかと思った。

空と同じ色、スカイブルーの髪。つやつやとした綺麗な髪。

「・・・ああ、一緒に遊ぼう。」

「わーいっ!!私ね、しんせきのおじさんの家にあそびにきてるの。

でも、おとなどうしでおはなしするから、ちかくのこうえんであそんできなさいって。」

舌足らずなしゃべり方が可愛い。

女の子は俺達に混じって一緒に遊び出した。

いろんな話をした。

親戚の叔父さんの家は、自分の家から遠いということ。

だから、ここにいられるのは今日だけだということ。

近所の犬の話、大好きな家族の話。

表情をコロコロと変えて話すから、俺もユフィも飽きなかった。

けれど、必ず別れはやってくる。


不意に女の子は立ち上がり、慌てたように言った。

「かえらなきゃ。」

女の子は服についた砂を叩いて落とすと、くるりと方向転換をした。

だが、思い出したように振り向いて、

「楽しかった!ありがとね、ふたりとも!」

笑顔でそう言い、公園を飛び出して行った。

一瞬の出来事だったので、俺もユフィも目をぱちくりとさせたまま硬直していた。

「名前、聞きそびれちゃったね。」

「ああ。」

ユフィがぽつりと言い、俺が頷いた。





俺とユフィが成長するにつれ、虐待も酷くなっていった。

母親のヒステリックもエスカレートし、俺はともかくユフィは怯える日々を送っていた。

それでも負けないように頑張っていた。

しかし、やはり自分でバリアを張ってしまうものなんだろうな、人間って。

俺は感情の一部を押し込めた。何かに興味を示すことなんてなくなった。

ユフィは、底抜けに明るくなった。いや、正しくは明るい自分を演じてるんだ。

そうすれば、自分だけは傷付かずに済む。

友達のティーダにも、そういう傾向があるということを知っていた。



高校生になって、初めて俺とユフィは家を出た。

家を出たいと母親に頼んだら、思いのほかあっさりと了承し、高級マンションをくれたのだ。

恐らくそれは、「これだけしてあげるからもう帰って来るな」という無言の意思提示。

だがそれは、俺達にとっても好都合だった。

驚いたことに、母親からもらったマンションには友達のスコール達も住んでいて、

退屈になることはなかった。

たまには一緒に飯も食ったし、ユフィとスコールの妹のセルフィはすぐに仲良くなったし。

けれどそれでも、何かに興味が持てないというのは心のどこかに大きな穴が空いたような、

そんな寂しい感覚だった。




全てのことの始まりは、俺が高校3年になって初めて訪れた。

4月。また、新入生やら転入生やらの季節になった。

桜の花弁も、今の俺を楽しませる事は出来ない。

興味なんて、ないのだから。


新一年生の入学式が終わり、いつもの通常授業が始まった。

桜の花弁も大分散ってしまって、もうそろそろ見頃が終わるという時期になった。

俺もスコールも、無言で屋上に佇んでいた。


今日、転入生がジタン達のクラスにやってきたという噂を聞いた。

何でも相当な美人で、けれど、方向音痴のおっちょこちょいだとか。

空と同じ色、スカイブルーの髪を持つ、どこか不思議な少女だと言っていた。

どこかで聞いたような言葉だったが、俺は興味を示さなかった。

転入生がどんな奴だろうと、俺にはさらさら関係ない。

そう思っていた。



ふと、屋上の扉が開いた。

一人の女子生徒が、こちらを見て扉を開けたままの格好で硬直している。

第一印象は、「変な奴」だと思った。

十数秒静止したままだったのに、急に顔を赤く染めると乱暴に屋上の扉を閉めてしまった。

・・・屋上に用があったんじゃないのか。

スコールは首を傾げると、屋上の扉に近付いて、開けた。

「・・・おい。」

「ひゃぁあっ!!」

てっきりもう去ったものだと思っていたのに、彼女はまだそこにいた。

どうやら扉の前で座り込んでいたようだ。

「・・・驚かせたか?」

俺からは見えなかったが、彼女はコクコクと頷いたようだ。

「そうか、すまない。」

スコールが短く答える。

スコールは改めて彼女を見つめると、訪ねた。

「・・・俺達に、何か用か?それとも、屋上に何か用か?」

そう、屋上に来るのなら、何か理由があるはずだと思った。

彼女は細い声で答える。どうやら、本を読むために屋上に来たらしかった。

スコールに促され、彼女は屋上に出る。

彼女は戸惑っていたようだが、俺達からかなりの距離をとって座り込み、文庫本を読み出した。

俺はなんとなく、彼女をぼんやりと見つめていた。

そして気付く。

彼女が本を読み始めてから15分ほどたったというのに、本のページはまだ一度もめくられていない。

いくら本を読むのが遅い奴でも、1ページに15分もかけるなんて話、聞いたことがない。

俺はなんとなく、彼女に声をかけた。

そう、最初は、“なんとなく”だったんだ。

「・・・あんた、転校生だろ?」

「は、はぁ・・・まぁ。」

どういう答え方だよ、それ。

「2−Aなんだって?」

「は、はい・・・。」

曖昧だな。

「ティーダやジタンと同じクラスか?」

「あ・・・はい。」

どうでもいいが、なんで答えるたびにどもるんだ?

「ってことは、担任はセフィロスか・・・。」

「はい・・・。」

「どうだ?セフィロスの印象は。」

「え、えーと・・・。」

「大概誰でも怖がるんだけどな。」

「こ、怖くはなかったです・・・。」

セフィロスを怖くないと言う生徒がいるとは思わなかった。

俺は多少驚きながら、彼女に問う。

「・・・お前、さっきから本のページが進んでないな。」

「はい・・・。・・・えぇっ!?!?」

俺達に気を使ってるんだと思った。

尋ねると、やはり頷く彼女。

何故だかわからなかった。急に、彼女に興味が沸いた。



「・・・3年B組。・・・クラウド・ストライフだ。」



手を差し出しながら俺は言った。

彼女は呆気に取られた顔をして、俺を見つめている。

だが、俺の手を取って答えた。

「・・・2年A組・・・。・・・です・・・。」



俺はその名を、心に深く刻み込んだ。何故だかのことが気になった。

興味がわいた。

“興味ないね”が口癖だった俺なのに。

その日から、俺はのことが気になって仕方なかった。

幸せの青い鳥。まさに、そんな感じだった。

俺はすぐに自覚した。俺は、に惹かれている。

視線はいつも彼女を追い求め、そして見つけると自然と笑みがこぼれる。

そして逆に、彼女の姿が見えないと、どうしようもなく不安になる。




「私は、クラウドの存在を望みました。」




俺の母親に向かってそう言った

俺なんかの存在を、望んでくれた

、俺もだ。

俺も、の存在を望んだんだ。絶対に間違いないと、胸を張って言える。

さえいれば、何もいらない、と・・・

もしかしたら、いつか俺はそう言ってしまうかもしれない。

けれど、それほどまでにのことが愛しい。それは偽りのない事実で。

情けないよな。

けど、もう俺は引き返せない。

この気持ちを隠すのにも、消すのにも、既に遅過ぎる。

きっともうこの気持ちが消えることはない。

後は、どんどん膨らむのみ、だ。





「クラーウドっ!」

背中に衝撃が走った。

クラウドは驚いて振り返る。そこには、悪戯な笑みを浮かべたが立っていた。

どうやら、背中に走った衝撃はがボディアタックをしたためだったらしい。

いろんなことを考えていて、屋上の扉の開く音にも気付けなかった。

「今日は一人なんだね。」

スコールのことを言っているのだろう。クラウドは頷いた。

「ああ。今日は用事があるとかで、先に帰った。」

「そっか。」

はクラウドの隣に並んで、空を見上げた。

そんな様子を見て、クラウドは一瞬目を見開く。

幼き日、公園で遊んだ女の子とが重なって見えて。


―――まさか、な。


はどうしてここに?」

クラウドが尋ねると、は少しクラウドをからかうような表情をして言った。

「クールなクラウドくんが、なんだかどこかで寂しがってるような気がしたから。」

「なんだよそれ。」

クラウドは軽く反論して、けれどすぐにとともに笑い出した。


寂しがってる、か。

それ、あんまりはずれてるとは言えないな。

確かに、心のどこかで寂しがっていたのかもしれない。



、明日は土曜だし、今日の夕飯は俺の家で食わないか?」

クラウドが言うと、は少し驚いたように目を見張った。

それから困ったように考え込み、言う。

「でも・・・門限が。」

「泊まってけよ。ユフィも喜ぶ。明日、寮まで送ってやるよ。」

門限なんかに邪魔されてたまるか。

本当はユフィの存在自体も邪魔と言えるのだが、この際仕方ない。

は少し考えてから、笑顔で言った。

「それじゃ、お言葉に甘えて。」

「了解。」



二人きりで夕食を楽しめるのは、まだまだ先になりそうだ。

けれど、ゆっくり。

少しずつでいいから、歩み寄ろう。

きっと、いろいろ考えるうちに、自分の気持ちに覚悟も出来るだろうから。





過去にはいろいろあったけれど、もういいじゃないか。


過去があるからこそ、現在があり、そして未来があるのだから。


そして、今は幸せだという事実があるのだから。


ちゃんと過去と向き合えるのはまだずっと先だと思うけど、


きっと過去と向き合う時、幸せの青い鳥は優しく背中を押してくれるだろうから。


そして、辛い過去があるからこそ、未来に歩いてゆけるのだから。












<続く>

=コメント=
なんだかこれで最終回ってカンジの終わり方ですが、残念ながらまだ続きます(笑
ええ、明希妃はしぶといですから!!(笑
とりあえずこれで王子達の過去編は終了です。
次回は避暑旅行でもしましょうか。学校内で(笑
これからまた新たな話が続いていきます。

あと、ですね。
この話のクラウドの回想シーンで登場した青い髪の女の子ですが、
はい、さんです(笑
過去に一度出会っていた、という設定で。
ときメモGSそのままやん!という突っ込みは入れてはいけません(待て
クラウドの方はほとんど覚えていないんだから、いいでしょ(笑

えー・・・と、EDまでまだ長いと思われますが、
実はEDの落ちはもう用意してあります。
多分、意見が真っ二つに分かれるんじゃないかと(笑
「えーえ!?これで終わりなの!?嘘、嫌だ!」っていう方と、
「あー・・・しんみりしてて、こういうのいいなぁ」っていう方とで(笑
ちなみになびきにEDの落ちを話してみたら、後者でした(笑

明希妃「かくかくしかじか、みたいなEDにしようと思ってるんだけど」

なびき「えっ!?ほ、ホントに!?」

明希妃「うん。・・・やっぱ無理があるかしら。」

なびき「ないない、すごくいいと思うよ。無茶苦茶いいと思うよ。」

こんなカンジでした(笑
EDを書くのが今から楽しみです(笑

てか、今回のあとがき長ッ! [PR]動画