いつだって、本気で笑ってなんかいない






いつだって、俺の笑顔は自分を守るためなんだ






けれどいつからだろう?






笑って欲しい相手がいて、笑って欲しいから俺も笑うようになったのは。










心の鎖











朝の爽やかな空気の中、一台の自転車が駆け抜ける。ティーダだ。

涼しげな半袖ブラウスに、黄土色のズボン。

ブラウスの胸ポケットには、幻想学院のエンブレムが付いている。

ティーダはよく焼けた黒い肌をしており、髪はオレンジにも似た金色である。



口笛を吹きながら長い坂道を一気に下る。

毎朝、こうして風を切って坂道を下るのが好きだった。

坂道を下り切ったところで一回止まり、それからまた幻想学院に向かって自転車を走らせる。

そろそろ幻想学院の生徒達がちらほら見え始める頃だ。

朝の通学路は幻想学院の生徒で一杯になる。

だがふと、ティーダは自転車を止めた。

熱い日差しが空から降ってくる。





『あなたは、本当はうちの子じゃないの。』





残酷な声がする。

幼い日の、苦く残酷な思い出。



『けど、ママもパパもあなたのことを本当の子供だと思ってるわ。本当よ。』



見せかけだけの愛なんていらない。

結局は、くだらないことを口にして逃げていたのだ。あの人達は。

自分は、本当に元気に育ってきた。

たくさんの愛情を受け、何の問題もなく育ってきたはず。

けれど。







「ティーダーッ!!」

後ろから声がして、ティーダはハッと我に返って振り向いた。

息を切らせた青い髪の少女が駆け寄ってくる。

。」

「おはよー!自転車に乗ってるし、その目立つ容姿だからすぐにわかったよ。」

は満面の笑みで言った。

ティーダはそんなを一瞬キョトンと見つめてから、ふっと微笑む。

そして、いつものようにニッと笑った。

「俺って目立つッスか?」

「目立つよ!カッコイイし、長身だし、その髪の色だしね。」

はティーダの髪を指差しながら言う。

オレンジにも似た金色の髪。よく、「太陽の光みたいだ」と言われたものだ。

「その髪の色、太陽みたいだよね。ティーダ自身も太陽みたいに明るいし。」

一瞬ギョッとしてを見た。

思ってたことを見透かされたかと思ったのだ。

けれど、どうやら本当に偶然だったらしい。はニコニコと笑っているだけである。


そう、太陽の光。


もしかしたら、自分が太陽だったから、違う明るさに気付かなかったのかもしれない。

太陽とは違う、優しい光。月の存在に。

小さな光でも、優しく全てを包み込むような広い光。




「ねっ、早く行かないと遅刻しちゃうよ!」

に言われ、ティーダは笑った。

「んじゃ学校まで走るか!」

「どうせティーダは自転車なんだから、走るのは私だけでしょー?」

口を尖らせては言う。ティーダはケタケタと笑って、自転車をゆっくりと走らせ出した。

それに続くように、が駆け足でティーダを追いかける。

幼い日の鬼ごっこが思い出されて、二人は顔を見合わせて笑った。

の速度に合わせるように、ティーダは自転車の速度を少し下げる。

だが、それに気付いたのかはムッとした表情で言ってきた。

「ズルいっ!速度遅くしなくたって、私はちゃんと付いて行けるもん!」

「あんまり無理すると転ぶッスよ。」

「無理なんてしてないもーん。」

すっきりとした顔でが言う。

ティーダは苦笑し、の希望通り少し自転車の速度を上げた。

は「待ってました」とばかりに速度を上げ、ティーダの速さについて行く。

朝から体を動かすのは確かに気持ちが良いものである。

その清々しさを知っているからこそ、ティーダもの希望通り速度を上げたのだ。



幻想学院の校門をくぐり、ティーダはそのまま駐輪所に向かう。

も付いて来ている。ティーダは自転車を止めると、鞄を持ってに向き直った。

「んじゃ行くッスか。」

「了解ー。」

敬礼をしながら言うを見て、ティーダも楽しくなった。

だが、ふと胸が虚無感に包まれる。

先ほど自転車を止めて思ったのと、同じ気持ちが胸に広がる。









「ティーダ。あのね、大事な話があるの。」

確かあれは小学校3年の頃だったと思う。

両親にリビングに呼び出されて、真剣な表情でそう言われたのを覚えている。

まだ幼かった俺は、何を言われるか予想も出来ずに、ただ両親の向側に座ったんだ。

しばらくの沈黙が続いて、お袋の口から出た第一声に俺は固まった。

「あなたは、本当はうちの子じゃないの。」

混乱した。

何を言われているのか理解出来なくて、俺の思考は一瞬とはいえ停止した。

そんな俺の様子を見て、ショックを受けたと思ったのかお袋が慌てて言い繕う。

「けど、ママもパパもあなたのことを本当の子供だと思ってるわ。本当よ。」

嘘だ、と思った。

だって、その言葉を言うとき・・・お袋は俺の目を一度も見なかったから。

親父は親父で俯いたまま俺の顔を見ようともしない。

「あなたは、1歳の頃孤児だったところを私達に引き取られたのよ。」

その言葉で、納得したことがひとつだけある。

小さい頃からのアルバムを見ても、どこにも俺の赤ん坊の時の写真がなかったんだ。

だから、どうしてだろうと思ったけど・・・聞いても、おしえてもらえなかった。

けど、なくて当たり前なんだ。

だって・・・生まれたての赤ん坊の頃の俺は、孤児だったんだから。

養子になる前のことなんだから、当たり前なんだ。

「誤解しないで。あなたを突き放そうとしているわけじゃないの。

あなたは今までも、これからも、私達の大事な息子よ。」

お袋の言葉も耳には入らなかった。

いくら優しい言葉で取り繕ったって、俺にはわかった。

この人達は、本当の愛情で俺を包んではくれない、と。



その後の生活は、確かに今までと大して変わらなかった。

変わったのは、俺の両親を見る目だったのかもしれない。

何故なら、いくら優しい言葉をもらっても、褒めてもらっても、俺の心は虚無を漂っていたから。

何を言われても嬉しくない。

何をされても嬉しくない。

どうせ、俺はあんた達の本当の息子じゃねぇんだろ?

心のどこかで、開き直ってたんだと思う。

けど俺は、そんな自分を“不幸”だとは思わなかった。

諦め過ぎていたのか、それともむしろ何も感じていなかったのか。

どちらかなのかは、俺にもわからない。




ある時、お袋が泣いた。

俺の冷たい反応に、精神的な疲労がたまっていたらしい。

けど、そんなの・・・俺の所為じゃないのに。

お袋はひたすら泣いて、俺のことを見ようとしなかった。

だから、俺はある方法を思いついた。



「お袋・・・もう、泣きやめよ。」



優しく言ったら、お袋は驚いたように俺の顔を見た。

俺は、無理に作った笑顔でお袋を見つめた。

笑顔なんて、もうしばらくやっていなかったから、頬の筋肉が突っ張って、痛かった。

作り笑顔でも、両親には効果覿面だった。

お袋はすぐに泣き止むし、親父は驚いて俺と一緒に笑ってくれた。

そして、作り笑顔をしているうちに俺自身も気付いたんだ。

作り笑顔をしていれば、相手を傷つけることはない。

そして、自分につく傷も深くならずに済むんだ、と。

俺の作り笑顔は、諦めの作り笑顔だったんだと思う。

もう傷付きたくない。傷付けたくない。

だから、俺は笑った。

“作り笑顔”と言う名の仮面をつけて、自分自身にバリアを張ってた。

けれど。





「わっ!!!!」

「えっ・・・!えぇっ!?!?」





ドッカーン、と派手な音がして、俺は目の前の人物と衝突した。

俺は自転車だったから音と同じく派手に転んで、思い切り額をぶつけた。

カラカラと自転車のタイヤが回転する音の中、透き通るような声がした。

「あいたたたたた・・・・。」

間抜けなセリフ。けど、そんなセリフに似つかわしくない透き通る声。

額の痛さで、それどころではなかったような気もするけど。

「あ、あの・・・。」

透き通る声が、話し掛けてきた。

俺は顔を上げて、それから一瞬、作り笑顔のやり方を忘れた。

けどすぐに思い出して、いつもみたいに笑いながら言う。

「悪ぃ悪ぃ!大丈夫ッスか?」

「あ、はい・・・。」

俺はぶつかってしまった女の子を立ち上がらせながら、自分自身に驚いていた。


違う。


俺はいつものように笑っているはずなのに、いつもと違う。

いつもは笑っている自分自身が憎くて、辛いはずなのに。

どうして、こんなに気持ち良く笑えているのかがわからなかった。

けど、その理由はすぐにわかった。


俺と衝突した女の子・・・と一緒に過ごすうちに、俺は自然に笑っていた。

作り笑顔なんかじゃない。もう何年も忘れていた、俺の本当の笑顔。

が笑ってくれるのが嬉しくて。

に笑って欲しくって。

だから俺は、本当の笑顔をすることが出来る。

作り笑顔の仮面なんて、もう必要ないと思った。






「ティーダ?」

ティーダはふとを見た。

が不思議そうな顔をしてティーダを見つめている。

「あの・・・教室着いたけど。」

「え?ぇ、・・・あ、あぁー。」

ティーダは間抜けな声を出して、目の前を見た。

教室のドア。どうやら、ドアの前で立ち止まってしまっていたらしい。

「教室に着くまで何も話さないから、どうしたのかと思ったけど。考え事?」

「まぁ、少し。」

ティーダは苦笑を浮かべてドアに手をかけた。

は不思議そうな顔をしていたがすぐに笑って、小さく頷く。

そんなを見て、やっぱりティーダは微笑んだ。






作り物なんかではなく、本当の自分の笑顔で。









<続く>

=コメント=
王子達の過去編、ティーダでしたー。
いやぁ、話としては頭の中に入ってたのに、文章にまとめ辛かったね!(笑
つまりティーダは孤児だったということで。
ティーダの話は「作り笑顔」というのが題材だったので、
かなりどういう話にしようかあれこれ考えました。
最初は何の悩みもない男の子って設定だったティーダが、ここまで成長するとは(笑
作者の明希妃自身、驚いてます(笑

えー、次回はやっと、ですね。
クラウドファンの方々、お待たせしました!!
クラウドの過去でござ〜い〜。
長くしたいです。ってか、長くなる予定です。
ご期待ください! [PR]動画