全てを飲み込む大きな闇




それに立ち向かうのはとても怖くて




弱い自分は今にも逃げ出しそうになるけど




俺はあの日




そんな闇に立ち向かおうと決めた









心の鎖









四時間目の授業が終わって、急に解放感が訪れた。

教室内の生徒達はそれぞれ伸びをしたり、教科書をしまったりしている。

一気にざわめき出す教室の中で、もまた伸びをして体をほぐしていた。

ー!早くメシ食おーぜ!」

「早く屋上に行かないと、クラウド達が待ちくたびれるッスよ〜!」

に話し掛ける男子二人。ジタンとティーダは両手に買ったばかりのパンを持ち、

笑顔で佇んでいる。

は二人の持っているパンに視線を落とし、声を上げた。

「うわっ。相変わらずたくさん買ったんだね・・・。今日の目玉は?」

「照り焼きチキンサンド。デザートパンではアップルデニッシュかな〜。」

ジタンはパンをに見せ、「ニシシ」と笑った。

白いパンに挟まった照り焼きチキンは、確かにとても美味しそうである。

は自分の鞄から弁当を取り出し、苦笑を浮かべた。

「いいなぁ、お金持ちは。毎日パン買えるもんね。私は手作り弁当で我慢。」

そう言うと、ジタンとティーダは顔を見合わせて少々つまらなそうな表情を浮かべる。

「何言ってんだよ、手作り弁当なんて俺達の夢だぜ?」

「そーッスよ。ってか、今度俺達に弁当作ってくれよ。」

彼らにとって、手作り弁当は貴重らしい。

いや、それとも“の”手作り弁当だから、だろうか。

は笑って言った。

「いいよ。今度作ってくるね。何入れて欲しい?」

「マジっ!?俺卵焼き!あとウィンナーも!」

「ジタンズルいッス!!あ、俺ハンバーグとかがいーなー!!」

はしゃぐ二人を見て、は更に明るく微笑んだ。

自分の手作り弁当を楽しみに待っていてくれる人がいるというのは、やはり嬉しい。

「了解。楽しみにしててね!」

実は、弁当を作るの方が楽しみだったりする。









『兄貴っ!待てよ、何勝手なことほざいてんだよっ。』


過去の自分が、叫び声を上げる。


『俺はもうこんな家まっぴらなんだ。俺は家を出る。それはもう決めた事だ。』

『ならじっちゃんはどうなるんだよ!息子夫婦亡くして・・・孫までいなくなったらっ!!』

『孫ならお前だけで充分だろ。世話になったとだけ伝えておいてくれ。』


去ってゆく後姿。その姿は、哀しいほどに逞しくて。


『兄貴っ・・・兄貴――っ!!』



「ジタン?」



ハッとジタンは顔を上げた。

心配そうな顔をしたを始め、ティーダ、クラウド、スコールまで不思議そうな顔をしている。

背景は青い空。場所は屋上である。

ジタンはここで初めて、昼食のために屋上に来たことを思い出した。

その証拠に、自分は食べかけのパンを手に持っているのだ。

「あ・・・悪ィ、ちょっと変な気持ちになってただけだ。」

咄嗟にそう言った。だがは心配そうな顔を崩さない。

「大丈夫?気分悪いなら、保健室にでも・・・」

「そんな大袈裟なことじゃないって!昨日夜更かししたから寝不足なのかもな。」

苦笑を浮かべてみたが、うまく笑えているか心配になる。

先ほど見たのは、夢?自分自身に問い掛けてみる。

いや、夢などではない。あの光景は、過去に確かにあった現実の光景。

今でも鮮明に覚えている、あの後姿。

知らず知らずのうちに嫌な汗をかいていたようで、ジタンは額を拭った。

この汗は、日差しや空気が暑い所為ではない。

「疲れてるなら、無理しないでね?」

「ああ。」

ジタンは頷く。心配をしてくれるの気持ちが、痛いほどに嬉しい。






あの日、ジタンの兄・・・ブランクは家を出た。

今から3年前の・・・そう、今日みたいな初夏の日だった。

カラッと晴れたあの日。今でも忘れられないあの日。



確かに自分は、ブランクに頼り過ぎていたと思う。

いろんなことを知っているブランクが大好きで、そんなブランクみたいになりたくて。

ブランクも、無邪気なジタンを拒まなかった。

とても仲の良い兄弟だったと思っている。それは今でも変わらない。

ジタンとブランクが幼い頃、両親が交通事故で亡くなった。

悲しみは果てしなかったけれど、ジタンにとってはブランクが、ブランクにとってはジタンがいたから

きっと耐えられたのだと思う。

なのに、そんなブランクが家を出ると言い出すなんて思いもしなかった。


祖父が仕事でいなかったあの日。

家を出て行こうとするブランクに、ジタンは首を傾げたのだ。

「どっか行くのか?」

ブランクはジタンを一瞥してから、小さく呟いた。

「俺は家を出る。」

その一言がジタンの視界を真っ暗に染めた。

驚いたなんて、そんなもんじゃない。

大きな鞄。必要最低限のものが入った鞄を持ったブランクが、真っ直ぐにジタンを見つめている。

「兄貴っ!待てよ、何勝手なことほざいてんだよっ。」

ジタンは叫んだ。なんとかブランクを引き止めたかったのだと思う。

「俺はもうこんな家まっぴらなんだ。俺は家を出る。それはもう決めた事だ。」

決意の揺らがない瞳。そんな瞳を見て、ジタンはたじろいだ。

どうして、そんな必要があるのかと叫んで聞きたかった。

けれど、何を言ってもブランクは決意を揺るがすことがないように思えて、

だんだんと、叫ぶことしか出来なくなっていたのだと思う。

「ならじっちゃんはどうなるんだよ!息子夫婦亡くして・・・孫までいなくなったらっ!!」

祖父がどうなってもいいのか、と。

今まで三人で生活してきたのに、それがこれからは二人で生活をすることになったと知ったら。

「孫ならお前だけで充分だろ。世話になったとだけ伝えておいてくれ。」

やはり、もう決意は揺るがない。

きっと何を言っても、もう無駄なのだろう。

ジタンは寂しいとか哀しいとかの前に、悔しくて・・・涙をこらえた。

「ジタン」

ブランクがジタンを呼ぶ。ジタンは顔を上げた。

「お前一人残してくのは心配だが、俺はお前なら大丈夫だって思ってる。

心配しちまうのは兄貴の性ってヤツだな。弟離れの良い機会だよ。」

「兄貴・・・・。」

優しい笑み。ブランクはジタンの額を指で突付き、言った。

「楽しかったぜ。いろいろと落ち着いたら手紙出すから、会いに来いよ。」

ブランクは呆然としているジタンから離れ、家を出て行った。

ジタンは我に返り、家を飛び出してブランクの後姿を見つめる。

「兄貴っ・・・兄貴――っ!!」

ブランクは振り返らなかった。

その後姿は逞しく、とても清々しいように見えた。





さすがに凹んだ。なかなか立ち直れなくて、困った。

けれど立ち直らないとどうにもならない。

だからジタンは、夜遊びに走ったのだ。

毎晩女をとっかえひっかえ。いけないとわかりつつ、どうすることも出来なくて。

心についた傷は深過ぎて、自分ではどうすることも出来ない。

幼馴染のガーネットや、親友のティーダに心配をかけて。

それでも、ジタンは立ち止まって正しい道を歩もうとはしなかった。

表面上の軽い付き合いが、自分も相手も傷付けなくて済む。

そう思ったから。

わざわざ怖い闇と向き合う必要なんてない。




です。初めまして・・・。」




偶然?必然?

そんなことはどうでもいい。素直に、「俺につり合う女じゃない」と思っただけ。

男遊びが大好きで、チャラチャラしてる女。そういう女が、自分につり合うと思っていた。

けれども。


「初めまして!オレ、ジタンっていうんだ。よろしくな、!」


気持ちとは裏腹に、明るく挨拶をしてしまった自分。

そして。


「うへー・・・イイ女。」

「え・・・?」


まさかという言葉を言ってしまった自分。

確かにイイ女だとは思った。清楚な感じで、静かな美しさがあって、とにかく美人。

けれど、本心がポロリと口からもれることなんて今までなかった。



何故か、この青い髪の少女を見ていると心が洗われるような気がした。

どんどん本当の自分が姿を現してゆく。けれど、それがとても心地良い。

と出会ってから、夜遊びをやめた自分。

そのことに誰よりも一番自分が驚いていた。



に惹かれていると自覚したのは、それからすぐだった。

がいないと、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

の優しい笑顔を、心の底から求めるようになった。

甘えさせて欲しい。けれど、頼って欲しい。

矛盾しているけれど、これが自分の本当の気持ち。

素直な、一番澄んだ自分の気持ち。

自分の気持ちに向き合うのはとても怖いことかもしれない。

けれど、がいるから向き合う事が出来た。

そして、今までずっと避けていた大きな闇にも立ち向かおうと思えた。

に頼られるように、強い男になりたい。

大きな闇?それがどうした。

怖くないと言えば嘘になるけど、それでもいいじゃないか。

自分は強くなる。だから、闇にだってなんだって立ち向かう。

それだけのことだ。


それほどまでに、のことが好きだから。







「ジタン、やっぱり疲れてるんじゃない?」

ジタンは顔を上げる。また自分はぼーっとしてしまっていたらしい。

心配そうな顔のに、苦笑を浮かべた。

「もう大丈夫!でもまだちょっと元気がないから、充電させてもらおっかなー♪」

そう言い、ジタンはに抱き付いた。

青いサラサラの髪が、自分の肌をくすぐる。

「「「あぁぁあっ!!」」」

ティーダ、スコール、クラウドの叫び声が響き渡るが、そんなこと気にしない。

はと言うと、いつものことなので呆れて苦笑を浮かべている。

「疲れた俺にはが一番なんだよ♪」





そう、まだこの気持ちを、君に伝える事は出来ないけれど。












<続く>


=コメント=
ジタンの過去ですた〜。
やっぱり短めのお話ですね。過去編はみんな短めになると思います(笑
あんまり暗くないかなー、この話。
いわゆるブラコンだね!!(爆笑
んで、やっとブランクが出ました。
ずっと出したかったキャラなんで、出せて嬉しいです〜。
そのうちさんとも接触するんで楽しみにしててくださいねv
次回はティーダの過去です。
笑顔のポーカーフェイスが上手いティーダの過去とは?
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