思い出したくもない日々だけど・・・




皆のためだもん。




・・・仕方ないよね・・・。









心の鎖











ー!一緒に帰ろう!」

「ごめんね、一人で帰るから・・・。」

ユウナとガーネットはきょとんとした。

まさか、一緒に帰ろうと誘って断られるとは思わなかった。

いや、今までにだって断ることはあった。

けれど、その時は一人で帰る理由をちゃんと話してくれたのだ。

何の理由も告げずに、一人で帰ることなんて、今までにあっただろうか?

いや、なかったはずだ。そんな記憶は全くない。

はユウナとガーネットを見ることなく、鞄を持って教室を出て行った。

ユウナとガーネットはその様子を呆然と見送り、二人顔を見合わせた。

「・・・ねぇ。最近・・・おかしいよね。」

「うん・・・。なんか、避けられてるような気がするんだけど・・・。」

以前みたいにたくさん笑うことがなくなった。

クラスメートに囲まれていたが、今は休み時間や昼休みも一人でいる。

友好的だったが、何故こんなにも変わってしまったのかわからなかった。

・・・何かあったのかな・・・。」

「わからない・・・。」

何の事情も知らない二人には、が何故あんな行動をするのか、想像もつかなかった。






夕暮れの廊下を歩く。

もうクラブ活動もとっくに終了している時刻であり、の周りには人の気配もない。

自分の歩く足音だけが空虚に溶けて消える。その繰り返し。

自分が思ってた噂は本当だった。

噂はほぼ全校生徒の耳に入っており、誰もに近付こうとはしなかった。

噂の内容は、が想像していたものと少し違っていた。

の過去の同級生が、と一緒にいる者を殺そうとしている。

その証拠に、クラウドは大怪我を負った』と。

もしかしたら、最初は噂の形も少し違ったかもしれない。

けれど、いろんな生徒の耳に入るうち、尾ひれがついてこんな噂になったのだろう。

と、の目の前に五人の女子生徒が立ちはだかった。

いつか、に「クラウド達に近付くな」と言って来た彼女達だった。

は立ち止まり、彼女達を見つめる。

「話があんの。ちょっとここの教室に入ってくれる?」

刺々しい言い方を隠そうともせず、リーダー格の女子生徒が言った。

は逆らおうとせず、ひとつ頷いて古びた教室に入った。

そこは、もうここ十数年使われていない教室だった。




「あんた何様のつもり!?」

教室に入って扉を閉めるなり、急に一人が叫んだ。

「クラウド先輩に大怪我負わせて、自分は平気な顔して学校に出てきやがって!!」

「クラウド先輩がなんで怪我したと思ってんだよ!あんたが一緒にいたからでしょ!?」

「ジタン君やティーダ君だって、かすり傷だらけじゃん!!」

「スコール先輩、上手く制服で隠してるけど、怪我してるよ!!」

一人が叫ぶと、その後はもう堰を切ったように彼女達は叫び散らした。

は黙って、彼女達の叫びを聞いていた。

何も話そうとはせず、抵抗をしようともせず。

その態度が逆に彼女達の感に触ったのだろう。一人が食いかかって来た。

「何とか言えよ!」

「・・・・私はどうしたらいいの?」

が言ったのは、その一言だった。

彼女達は予想外の返事に少々驚いたのか、口を閉ざした。

だがすぐにまた叫び出す。

「もう二度とクラウド先輩達に近寄んじゃねぇよ!あの四人にもう近寄らないってここで誓え!」

「それなら安心して。もう、私あの四人にはちゃんと話して別れてきたから。」

の目は、輝きを失っていた。

紫色の瞳が、まるで今はくすんだ茶色のように見えた。

「それよりも・・・あなた達も、もう私に関わらない方がいいよ。・・・殺されるかもよ。」

“彼ら”12名のうち、8名は警察に捕まった。

だが、残りの4人はまだ捕まっていない。その4人の中には、リーダー格の男子もいる。

まだ安心出来るわけじゃないのだ。自分は一人でいなければならない。

「とにかく・・・もう私、あの四人とは離れるから。・・・安心して。」

女子生徒達はのその言葉に満足したのか、最後に「馬鹿」と口々に言い残して去って行った。

教室に残されたのはだけ。

ただ一人で、彼女達が去った教室に佇んでいた。

赤い夕焼け。赤を見ると、あの日のことがフラッシュバックする。

紅い花弁だと思った。本当に、そう思ったのだ。

深紅の花弁が、はじけ飛んだのだと。

けれどそれは、あまりに残酷な花弁だった。

あの出来事から二週間。

試験休みもあったので、学校生活は一週間前から始まった。

クラウドはまだ入院中で、少なくともあと一週間は退院出来ないだろう。

もしかしたら、あと二週間かもしれない。

「・・・もう関係ない。クラウド達と、私は・・・もう関係ない。」

自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

帰ろうと思い、教室のドアに手をかけて初めて気付いた。

開かない。

どんなに力を入れてドアを開けようとしても、開かない。

「・・・鍵?」

ドアには、鍵がかかっていた。

この教室は古い教室で、鍵が外側からしか開け閉め出来ないようになっている。

元々は内側からも開け閉めが出来たのだが、もう使うこともないこの教室。

内側の鍵は、取り外されていた。

は表情を歪める。

「しまったな・・・。」

まさか閉じ込められるとは思いもしなかった。

だが、は思ったより冷静だった。

「・・・閉じ込められるのなんて・・・久し振りだね・・・。」

自嘲気味にクスリと笑う。

以前中学の頃。よく“彼ら”に教室に閉じ込められて、そのまま置き去りにされたっけ。

その時はよく泣いていた。けれど、今は何故か笑いがこみ上げてくる。

こういうのも、慣れなのだろうか。

開いているのは窓のみ。だが、ここは3階だ。

飛び降りることも出来ない。窓の外に飛び移れそうな木もない。

まさに八方塞だった。

窓から見える校庭には、もう人影もない。当たり前だ。クラブも全て終了しているのだから。

「・・・・・・・。」

は埃っぽい床に座り込み、膝を抱えた。

どうせ今のこの時間じゃ、きっと誰も来ないだろう。

ということは、この教室で一晩過ごすしかない。

「・・・最高は3日間・・・だったっけ・・・。」

閉じ込められて、誰にも気付かれることがなくて。

確かあれは小学5年生の頃。人通りの少ない校舎の、滅多に人が来ない教室で。

誰も来てくれなかった3日間は、寂しくて悲しくて、そして、怖かった。

お腹がすいたとか、喉が渇いたとか。そんなことよりも、恐怖の方が大きかった。

怖くは、ない。・・・きっと、怖くはない。

だって、明けない夜はない。必ず、光が溢れる朝がやってくるのだから。

けれど。

「・・・独り・・・。」

は呟いた。

もう、助けを求めても、助けてくれる人はいない。



『助けてぇっ!!!』



幼い頃の自分が悲鳴を上げる。

は自分の胸に手を置き、目を閉じた。

「大丈夫・・・。夜は怖いかもしれないけれど・・・明けない夜はないから・・・。」

幼い自分に語りかける。

怖くないよ。

そう言い聞かせるように。








。・・・・は休みか?」

セフィロスが言った。朝の出席確認の時間。HRである。

いつもは必ず返事が返ってくるはずの席は、空席だ。

セフィロスは首を傾げた。

欠席するという報告は来ていない。

ほどマメな生徒が、無断欠席をするとは到底思えない。

「誰か、の欠席について知っている者はいないか。」

教室全体に聞こえる声でセフィロスは尋ねた。だが、教室はしんと静まり返っている。

だが、ガタンと音がして一人の生徒が立ち上がった。

ティーダだった。

「先生。・・・俺、の欠席については何も知らないッス。

けど・・・ちょっと気になることがあるんだ。多分・・・は学校にいる。

・・・探してきてもいいですか?」

が学校にいる、というのは、何か根拠があって言っているのだな?」

ティーダは頷いた。

ジタンは驚いた目でティーダを見つめている。

生徒全員が、驚いてティーダを見つめていた。

「いいだろう。一時間目は私の授業だ。特別に欠課として許す。」

「ありがとうございます。」

ティーダは言うと、教室を出て行った。

ジタンはティーダの後姿を見つめ、俯いて唇を噛んだ。





ティーダは走った。

とは、この二週間全く会話をしていない。

話し掛けようと近寄ると、それとなく避けていってしまうのだ。

それは、の気持ちが固まっているという証拠。

だから、ろくに話し掛けることも出来なかった。

噂のことはティーダも知っていた。

きっと、何か噂を聞いた生徒に嫌がらせをされているだろうとも思った。

そして今朝。あの忌々しい五人組の彼女達が話しているのを聞いたのだ。




『ねぇ。昨日さ、あの教室の鍵閉めてきたじゃん?』

『そだね。』

『あいつどうしてるかな。きっとまだ閉じ込められてるよ。』

『今まで偉そうにしてたんだし、これぐらい当たり前じゃん。』

『どうせ一週間くらい飲まず食わずでも死なないって。』




誰のことだろう、とティーダは思ったが、がいないという事実でピンと来た。

閉じ込められているのはだ、と。

そして、鍵が内側から開けられない教室となるとひとつしかないからすぐにわかる。

ティーダは階段を駆け上がり、踊り場で少々息を整えた。

そして再び駆け出す。

古びたドアの教室が見えてきて、ティーダは走る速度を上げた。

ドアの前に何かが落ちているのを見つけ、ティーダはそれを拾い上げた。

「鍵・・・?」

少し錆付いた、ひとつの鍵。

ドアに手をかけると、案の定鍵がかかっていた。

ティーダはドアを乱暴に叩き、中に向かって呼びかけた。

、そこにいるんだろ!?」

『・・・ティーダ?』

中から声がした。間違いない。

ティーダは拾った鍵でドアを開け、中に飛び込んだ。

はきょとんとした顔で教室の床に座っていた。

「ティーダ・・・。」

ティーダは肩で息をしながらを見つめていたが、特に怪我もしていないを見て

脱力したようにその場に座り込んだ。

「よ・・・良かったぁ・・・・。」

「え?ティーダ・・・どうしたの?」

あっけらかんと尋ねるに、ティーダは苦笑した。

いつものだ、と。

ティーダは笑顔でを見つめ、手を差し出した。

「ほら。」

「・・・え?」

は困ったようにティーダの手を見つめ、そしてふいっと顔を背けた。

ティーダはその様子を見て、小さく息をついて手を引っ込めた。

以前のなら、きっとこの手を取ってくれたんだろうな。

そう思うと、切なくなる。

「皆・・・心配してるッスよ。」

「心配・・・?」

が顔を上げた。

その顔は、どこかくすんでいる、そんな表情だった。




「・・・私の心配なんて・・・誰がするの?」




ティーダは一瞬言葉を失った。

その言葉は、ティーダにとって残酷なものでしかなかったから。

「・・・は・・・俺達の気持ち、考えてくれたこと・・・あるッスか・・・?」

ティーダの気持ち。ジタンの気持ち。スコールの気持ち。・・・クラウドの気持ち。

は一瞬目を見開いたが、それだけだった。

ティーダは顔を背け、手を握り締めた。

「俺達の気持ち・・・ちゃんと理解してくれてるのか・・・?」

静かに尋ねる。

がいないということが、どれだけ辛いか、理解して欲しい。

何故、ジタンがあれほどに向かって叫んだかを、理解して欲しい。

自分達にとって、はもう白紙に戻せるような存在ではないということを、理解して欲しい。

鉛筆で書いた文字は消せる。けれど、インクで書いた文字は?絵の具で書いた文字は?

インクや絵の具で書いた文字を消すには、燃やすしかない。

それはすなわち、自分達の記憶を消すということである。

だが、記憶を消す、というのは、それは例えばその人物が死んだり、記憶喪失にならなければ無理な話。

・・・俺達は、もう白紙には戻せないんスよ。」

戻せるのならば、とうの昔に白紙に戻している。

戻せないから、こうして苦しんでいる。

は、あまりに鮮やか過ぎる絵の具だったから。

紙一面にその絵の具で色をつけて・・・そして、白紙に戻せなくなった。

元より、白紙に戻すつもりなどなかった。

だから。

「俺は・・・!」










白紙には、戻せない。















<続く>




=コメント=
クラウドもスコールも出てきてないです(爆
ジタンはかなりちょびっとです。てか名前しか出てない(爆
まだシリアスだねー・・・。
次回はたぶん少し短めで、ちょっとの感情に変化が見られるかも。
今回はティーダが大活躍だね!
よかったね、ティーダ!!(爆笑 [PR]動画