もう何も見えない。








もう、何を考えればいいのかわからない。








心の鎖









セフィロスの家の電話が鳴ったのは、12時を回って少しした時のことだった。

明後日の授業で使う数学のプリントを作成しているとき、部屋に電話のベルが響いたのだ。

明日は日曜。プリントの作成は明日でも良いのだが、出来るだけ早く仕事はすませてしまいたい。

そんなことを考えているときに電話が鳴ったものだから、セフィロスの機嫌は悪くなった。

まだスーツ姿から着替えていない。疲れているときに、誰が電話をしてくるのだろう。

面倒臭そうに頭をかきながら電話の受話器を取る。

「もしもし。」

『あっ!!セフィロス先生っ!?』

電話の向こうから聞こえてきたのは、ジタンの声だった。

セフィロスは頭を抱えたい衝動に駆られたが、小さく溜息をつくと受話器の向こう側に話し掛けた。

「こんな時間に電話をしてくるとは、良い度胸だな。ジタン。」

もう夜中なのだ。そんな時間に電話してくるとは、余程困ったことなのだろうとはわかっていた。

だが、数学の問題が解けなくて困っているとか、その程度だと思っていたのだ。

『違うんだよ!!先生、を見てないかっ!?』

「・・・?」

セフィロスは眉をひそめた。まさかの名を聞くとは思わなかった。

「どういうことだ。に何かあったのか?」

『先生、ニュース見た?』

「見るわけないだろう。今の今まで仕事をしていたんだ。」

『なんか俺もよくわからないんだけどさ、今日殺人事件があって、それで殺されたのが

の親父さんらしいんだ!』

一瞬セフィロスの思考は停止した。だが、ジタンはそんなセフィロスの様子に気付かずに続ける。

『それで、ニュースを見たが飛び出して行っちまって・・・

今どこにいるかわからないんだっ。夜中だし、危ないんだよ!!』

何故ジタンがこんなにも焦っているのか、ようやくセフィロスは理解した。

つまりはの失踪が原因。夜中だというだけあって、危険度は昼よりもずっと増す。

セフィロスはネクタイを外すと、声を一段と低くして尋ねた。

が行きそうな場所に心当たりは?」

『ない。自宅の方には行ってないらしい。俺達の心当たりはの自宅だから、

自宅に戻ってないってなるとどこに行ったか見当もつかないんだ。』

セフィロスは小さく鼻で笑った。その笑いは、誰に向けられたものなのかはわからない。

セフィロスは立ち上がると、窓を開けて外を眺めた。

まだところどころの家に電気がついてはいるものの、ほとんどの家は既に就寝している。

こんな町のどこに、は行ってしまったのだろうか。

学生寮からセフィロスの家まではかなり離れているが、セフィロスの家から学生寮を見ることは出来る。

「・・・・!?」

『先生?どうかした?』

セフィロスは息を飲んだ。

セフィロスの家の真前の道を駆けて行く青い髪の少女が目に入ったのだ。

暗くてわかり難いが、街頭に照らされて見えた青い髪は間違いない。

を見付けた。」

『えぇっ!?』

ジタンは素っ頓狂な声を上げた。

「今すぐ追い駆ける。を保護したら、すぐにお前の携帯に電話する。番号をおしえろ。」

セフィロスはジタンの携帯番号をメモに控えると、そのメモと家の鍵を持って家を飛び出した。










車に乗り、即座にエンジンを入れる。

そして、ものすごいスピードでが去った方向へ走り出した。

車と人間の足とでは、比べるまでもなく車の方が速い。いずれにも追い付くはずだ。

だが、セフィロスは路地で車を急停止させた。

いない。

を見失ってしまった。

街頭が照らし出す道に、人影はない。セフィロスは焦った。

こんなところで迷っている時間はないというのに。

セフィロスは辺りを見回し、そして一点で視線を止めた。

そこは、木々に囲まれた公園だった。




公園の入り口に車を止め、セフィロスは公園へと足を踏み入れた。

何本かの街頭があり、頼りない光は小さく灯っている。

ベンチがみっつ。小さな滑り台がひとつ。小さな手洗い場と、小さな砂場。

そんな公園のベンチのひとつに、は座り込んで俯いていた。

背中を丸め、膝に額を押し付けて。

セフィロスはゆっくりとに近付いてゆく。

足音が響き、それでもは顔を上げない。

「・・・こんな時間に、こんなところで何をしている。」

セフィロスは低く語り掛けた。は何も言わない。

「・・・他人に迷惑をかけて心配させて、こんなところで何をしている、と聞いている。」

「・・・誰も心配して、なんて頼んでない・・・。」

小さく、は言った。

セフィロスはかがみ込み、を見つめた。

「顔を上げろ。」

は首を横に振る。

いつもの明るいからは、こんなは想像出来ないだろう。

セフィロスは目を細める。

どうして、何故。

セフィロスが知っているは、いつも明るくて、楽しくて、優しくて。

そして、明るい声を上げながら自分に駆け寄ってくるような。

そんな少女なのに。

どうして、この少女ばかり不幸な目に遭う?

まだ、は本当の幸せを手にしてはいない。

本当の笑顔で、「幸せ」だと思わせてやりたいのに。

。」

セフィロスはもう一度話し掛けた。

は何も言わない。






クラウドが公園の前で立ち止まる。

クラウドに合わせて、ジタンとティーダ、スコールも立ち止まった。

四人の目に入ったのは、セフィロスとの姿。

駆け出そうとするジタンとティーダをクラウドが片手で制し、スコールは携帯を取り出す。

「クラウドっ・・・。どうして止めるんだよ!?」

ジタンが言う。だがクラウドはセフィロスとを見つめたまま答えた。

「先生に任せよう。スコール、ヴィンセント先生に連絡。」

「今連絡した。が見つかったって言ったら、安心した様子で溜息ついてた。」

スコールが携帯を閉じながら言う。クラウドは頷き、セフィロスとを見つめた。






セフィロスはを見つめていた。

は一向に動こうとしない。だが、セフィロスは信じていた。

いつもの明るいを思えば、絶対に乗り越えてくれると信じているのだ。

「・・・、お前はどうしたい?」

聞くと、はしばらくの沈黙の後、答えた。

「もう何も信じられない、信じたくないっ・・・!」

悲痛なの声。

全てを拒絶する声が、やけに胸に重く響いた。

は嗚咽しながら、肩を震わせている。

こんなときに、自分は彼女に何をしてやれるだろう。

セフィロスはそっとの手に触れると、もう片方の手で優しくの背中を叩いた。

「信じたくないのなら・・・信じなくても良い。だが、私はお前を信じよう。

・・・いつか、大きな壁を乗り越えてくれると、私は信じている。」

なんて気の利かない言葉だろうと思う。

だが、今はこれくらいしか言ってやれないことをわかっている。

何もこもっていない言葉をかけたところで、は動かないこともわかっている。

しかし、今セフィロスに言えることはこれだけだった。

この先を進まなければ、はどんどん泥沼にはまっていってしまうだろう。

だからこそ、今この場で壁を乗り越えなくてはならない。

父親を殺されて、それでも顔を上げろなどとなんて残酷なのだろう。

これ以上ないというほどに傷付いているのに、それでも立ち上がれなどとなんて無謀なのだろう。

けれどにとっては無謀ではないかもしれない。希望は捨てない。

セフィロスは、必ず最後まで見届けると決めたのだ。

どんな結果が待っていようとも。例えそれが、酷く残酷な結果であったとしても。

「立ち上がれ。」

セフィロスは言った。

「私には、それしか言えない。」

この言葉が、いかににとって残酷な言葉か、セフィロスが一番わかっている。

けれども、言葉をやめればそこでは終わってしまう。

はピクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

その顔はいつものからは想像出来ないような酷い顔だった。

頬はこすり過ぎのせいだろうか。赤くなっていて、泣き腫らした目は痛々しい。

真っ赤で涙をためた瞳はセフィロスを真っ直ぐに見つめた。

「・・・だが、立ち上がる手伝いくらいは、私にも出来るかもしれない。」

さりげない暖かさに、の顔は歪む。

涙が後から後から溢れ出て、の頬を何度も濡らした。

「私だけではない。この公園の入り口に立っているヤツらも、だ。」

はゆっくりと公園の入り口を見つめる。

そこには、クラウドとスコール、ジタンとティーダが立っていた。

は思わず目を細める。

どうして、こんなにボロボロになった自分を追い駆けて来てくれるのだろうか。

彼らは、自分を心配して得することなどないはずなのに。

「損とか得とか、そんな軽いことで動くヤツらじゃない。

要は、『自分がどうしたいか』で動いている人間なんだ。・・・私も、同じだ。」

の気持ちを見透かしたかのように、セフィロスが言う。

損、得。人間は誰しも、その二つで動いていると思っていたのに。

そうではないと、今この場で思い知らされた。

「・・・どうして・・・皆私を心配してくれるの・・・?

どうして・・・私を追い駆けて来てくれたの・・・?・・・なんで・・・?」

今にも消え入りそうな声では問う。

セフィロスは苦そうな表情をして、クラウド達を見やった。

どうやら、「こちらへ来い」という意味のようだ。

クラウド達はその合図で動いた。ゆっくりと、の方へと歩み寄ってゆく。

を囲むように立ち、初めに口を開いたのはジタンだった。

「・・・なぁ、らしくないぜ。」

は一瞬キョトンとジタンを見つめた。ジタンは言う。

「水臭いじゃねぇか。俺達、友達・・・だろ?

辛いことがあったら、俺達に相談すればいいじゃん。」

「そうッスよ。・・・全部一人で抱え込むなんて、ズルいッス。」

ジタンとティーダは笑顔を見せる。

には、それが信じられなかった。

「・・・見つかって良かった。が無事で・・・良かった・・・。」

スコールも口を開く。

皆が、こんなふうに心配してくれてたなんては考えもしなかった。

最初から全てを拒絶していたのだから。

クラウドはしゃがみ込み、の目線に自分の目線を合わせてから、優しく言った。

を見つめるクラウドの目は、どこまでも透き通っていて、そして真っ直ぐだった。

「辛ければ、泣けばいいんだ。逃げたければ、逃げていいんだ。

助けて欲しいときは、助けを求めたっていいんだ。

けど、決して一人で抱え込むな。・・・傍に、俺達がいることを忘れないでくれ。」

ああ、なんでこの人達は、いつも優しく言ってくれるのだろう。

なんでいつもこの人達は、自分のことを気遣ってくれるのだろう。

「俺達に、の失ってしまった部分を埋めることは出来ないかもしれない。

の失ったものの代わりになれるとは思ってない。

けど、それでも俺達は、を支えてやりたいんだ。」

助けてくれるのは、なんでこんなにかっこいい王子様達なんだろう。

とても哀しいはずなのに、なんで助けてくれる人がいるのだろう。





「帰ろうぜっ」





「んでさ、皆で楽しいことしよう!」





「トランプなら俺んちにあるぜ?」





「遊ぶのはおおいに結構だが、課題を忘れるなよ。」





優しくて、楽しい仲間。優しくて、厳しい先生。





「大丈夫か?」





「スコール、お前それしか聞けないのかよ・・・。」





「・・・苦手なんだ。こういうの。」





「ったく・・・素直じゃないな。」





優しくて、少し不器用な仲間。いつも、傍にいてくれる優しい仲間達。








「さぁ、帰ろう。」








手を差し伸べ、クラウドは言った。

はやっぱり嬉しくて、また泣いてしまった。

けれどクラウド達は優しく頭を撫でてくれて、セフィロスは傍で困ったように笑っていた。

こんなにも大切な仲間がいるのに、何故逃げ出してしまったのだろう。

何故、独りだと思ってしまったのだろう。

「ごめんなさい・・・!」

言って、ジタンにポカリと叩かれた。

目をぱちくりさせてジタンを見つめると、ジタンはムッとした顔でを見つめている。

だが、すぐにニカッと笑うと言った。

「そういうときは、ごめんなさいじゃねぇだろ?」

自分は今、幸せ過ぎる。

こんなに幸せで、本当に良いのだろうかと思ってしまう。

けれど。



「・・・ありがとう・・・。」



『今』を大切に生きて行きたい。

人生は計り知れない。何が起こるかわからない。

けれど、きっと大丈夫。

傍に、大切なものがあることに気付いたのだから。

だから、きっと頑張れる。





例えどんなことが起こっても、きっと大丈夫・・・。






<続く>



=コメント(もう嫌・・・!)=
うあぁぁあっ!!!(何がどうしたおい)
もう後戻りは出来ませんっ!!ぎゃっ!
後戻りが出来ないということは、もう内容を変えられないということで・・・。
ぎゃぁっ!!!(涙
父親殺しの明希妃っさぁぁぁあ!(涙
んっとー・・・次回はやっとこさ体育祭ッスね。
かなり長くなりそうな予感ッ・・・。 [PR]動画