もう散々だ。




苛められて、これでもかと言うほどに苛められて。




泣いたって逆に相手を喜ばせてしまうだけで。




いつしか、そんな毎日が怖いと思うようになっていた。





心の鎖





「行って来ます。」

そう言っては家を飛び出した。

どうせ「行って来ます」なんて言っても返事は返ってこない。

そういう親なのだから。

娘が苛められてると知ってたのに、何もしてくれなかった親なのだから。

だがは気にしていない。寂しくないと言えば嘘になる。

けれど今ではこれが自分の普通なのだと割り切っているから。

うちは他人とは違う。そう考えるようにしているから。



そして今日は転校初日。

父親の転勤で急遽決まった学校だけれども、私立校で知名度も高い。

制服も可愛いし、別に反論する必要もなかった。

その学校の名は幻想学院。小学校、中学校、高校、大学と繋がっている規模の大きい学校だ。

「それにしても・・・幻想学院なんて、変な名前。」

は下り坂を駆け降りながら呟いた。

つい思ってしまう。幻想学院なんて名前、普通有り得ないだろうに。

下り坂の最終地点で速度を遅める。だが、まさか予測もしない出来事には仰天する。

「わっ!!!!」

「えっ・・・!えぇっ!?!?」

横から自転車が突っ込んできた。もちろんのことと自転車は衝突する。





ドッカーンっ!!





「あいたたたたた・・・・。」

はぶつかった衝撃で地面に倒れる。

思い切り額をぶつけてしまった。は額を押さえつつ、ぶつかった相手を見やる。

そこには、自分と同じように地面に座り込んだ一人の青年がいた。

浅黒い肌をした、爽やかそうな青年。

幻想学院の制服に身を包んだその青年は、額を押さえて声にならない叫びを上げている。

どうやらと同じく、額を強くぶつけたようだ。

「あ、あの・・・。」

とりあえず声を掛けてみる。青年はを見て、苦笑を浮かべた。

「悪ぃ悪ぃ!大丈夫ッスか?」

「あ、はい・・・。」

青年は立ち上がり、の手を取って立ち上がらせる。

そしての額を見て、少し考え込む。

「うーん・・・このくらいの傷なら、痣になるくらいで済みそうだな。

あー・・・びっくりした。急にあんたが目の前に飛び出て来るんだもんなー。」

青年はケタケタと笑いながら言う。

本当なら「何笑ってんのよ!こっちは怪我したのよ!?」と怒る場面なのだが、

なんだか怒る気も失せてしまった。というより、この青年は何故だか許せてしまう。

「あんた、幻想学院の生徒ッスか?」

「あ・・・うん。今日から転校することになってるの。」

「ヘー・・・。それじゃ、あんたが噂の転校生か。」

は首を傾げる。自分が噂になどなっていたのだろうか?

「ま、いいや。俺はティーダ!幻想学院高等部の2年A組ッス!」

「あ・・・私は。よろしくね、ティーダ。」

ティーダが笑顔で握手を求めてきた。はその手を戸惑った視線で見て、

けれども少し微笑んで握手に応えた。

ティーダは満足そうに笑うと、倒れた自転車を起こす。

「どうせだから、一緒に学校行こうぜ。」

そんなことを言われたのは初めてだった。

だからその分とても驚いたし、そしてとても嬉しかった。

「こらー!!ティーダっ!!」

と、声がティーダの後ろから飛んできては何事かと目を見張った。

ティーダは疲れたように溜息をつき、自分の背後に視線を送った。

「なーにナンパしてんだよ!」

「ナンパじゃないっつーの。ってか『おはよう』もなしにいきなり大声上げるのやめてくれよ。」

一人の少年がこちらに向かって走ってくる。

ティーダと同じく幻想学院のブレザーに身を包み、そして何故か尻尾のある少年。

金髪でくるくるした目は可愛らしく、けれどどこか逞しい雰囲気だ。

「あれ?そちらさんはどなた?」

少年はティーダの隣で立ち止まると、を不思議そうな目で見やった。

「この子は噂の転校生ッスよ。」

です。初めまして・・・。」

ペコリと会釈をしながら言うをキョトンと見据えた後、少年はニカッと笑った。

「初めまして!オレ、ジタンっていうんだ。よろしくな、!」

「ちなみにこいつは俺と同じ組ッス。一応親友の立場なのかなー?」

「一応ってなんだよ、失礼なヤツだな。」

ジタンはティーダを肘で小突くと、の顔を覗き込むように見る。

はどうしたらいいのかわからず、とにかく戸惑うしかなかった。

そしてジタンはぽつりと呟く。

「うへー・・・イイ女。」

「え・・・?」

さすがにも眉をひそめた。

人の顔をじろじろ見た挙句、「イイ女」とは。

「ジタン、『イイ女』はわかってるッスから、早く学校に行かないと。遅刻しちゃうだろ。」

ティーダが腕時計を見せながら言う。ジタンは「ヤベッ」と声を上げ、の手を掴んだ。

急なことではビクッと竦み上がり、けれどジタンの笑顔を見て首を傾げる。

「ホラ、行こうぜ!!走らないと間に合わねぇしな!」

言うなり、ジタンはを引っ張って走り出した。

その後をティーダが自転車で追い掛ける。

は目を白黒させて走っていた。男の子と手を繋いだことさえなかったから。

どうしたらいいのかわからず、とにかく走るしかなかった。








幻想学院の校門が見えてきた。三人は校門をくぐり、中へと入って止まった。

「あー、やっぱり走るのって気持ち良いな!」

ジタンが伸びをしながら言う。ティーダは口を尖らせて

「走らないといけないほどに時間を使ったのはジタンッスよ。」

と毒づいた。


「職員室は1号館の1階だぜ。とりあえず行ってみろよ。」

ジタンが1号館を指差しながら言った。は礼を言い、1号館へと駆け出す。

「同じ組になれるといいッスね!!」

後ろからティーダの声が聞こえてきて、は思わず笑みを浮かべた。





職員室。

は職員室の前で息を整え、そして改めて職員室の扉を見た。

職員室に入り、そして自分はどうすればいい?

どこの組になるのかわかっていない。だから、担任の先生だってわかるはずもない。

誰に話しかければいい?どの先生に話しかければいい?

怖い。

怖がっていては何も始まらない。けれど、怖い。

は職員室に入れず、扉の前で立ち尽くしていた。

ガラッと扉が開き、はビクッと肩を竦ませて目を瞑った。

「・・・何をしている。」

低い声で言われ、はゆっくりと目を開けた。

そこには、黒に近い藍色のスーツが見える。はそのまま、その人物を見上げた。

そして、目を見張った。

驚くほど整った顔立ち。流れるような銀色の髪。今にも吸い込まれそうな緑色の瞳。

「えっと・・・。」

なんと言ったらいいのかわからず、は口篭もる。

だが相手は気にしていない様子でを見て、口を開いた。

「お前は私の組だ。私は2年A組を担任している。・・・セフィロスだ。」

「え?」

「・・・だな?」

名前を呼ばれ、そしてやっと気付く。この人が自分の担任なのだと。

「あっ・・・はい・・・。」

「もうすぐHRが始まる。私に付いて来い。」

少々命令的な物言いには眉をひそめた。

普通なら、「付いて来なさい」とでも言うだろう。だがこの人物は「来なさい」ではなく「来い」。

けれど、不思議と違和感や恐怖感はなかった。

「聞いているのか?付いて来いと言っている。」

「は、はいっ・・・。」

慌てては藍色のスーツを追いかけた。




1号館から4号館へと移り、階段をいくつか上った。

方向音痴のには、覚えられない道のりだった。

ちなみに幻想学院は5つの館で成り立っている。

1号館は事務室やら職員室やらの事務的な館で、2号館は初等部の館、

3号館は中等部の館、4号館は高等部の館になっている。

ついでに言うと、5号館は図書室や音楽室といった移動授業の教室がある館だ。

体育館も5号館にある。





2年A組の教室に辿り着いた時、はふと思った。

確かティーダとジタンは2年A組だと言っていた。

もしかすると、彼らと同じ組かもしれない。いや、恐らくそうだろう。

彼らは中等部には見えなかったし、「同じ組になれるといいな」と言っていた。



セフィロスはに少々廊下で待つように言い、教室に入って行った。

中から声が聞こえる。

生徒達がざわめいていたが、セフィロスの「静かにしろ」という一言でざわめきは止まった。

『お前達も噂していたようだが、今日は転校生を紹介する。』

よく通るセフィロスの声が聞こえる。

「入れ」と中から言われ、は深呼吸をして教室へと踏み入った。

中に入ってすぐにわかった。ティーダとジタンがブイサインを見せてくれている。

は少し安心した気がした。軽く微笑み、は正面を向く。

「・・・初めまして。と申します。

・・・まだまだわからないことだらけですが・・・よろしく、お願いします・・・。」

あまり良いとは言えない自己紹介だったが、自分にしては良くやったと思った。

拍手はなかなか起こらない。やはり、自分は歓迎されるべき人物ではないのかもしれない。

だが。




ぱちぱちぱち。




小さな2つの拍手。視線を走らせると、ティーダとジタンだった。

は驚いて目を丸くしていたが、やがてティーダとジタンにつられて拍手が巻き起こった。





嬉しかった。

拍手が、こんなに嬉しいものだなんて思わなかった。

歓迎されていないと割り切るのは、もしかしたら早いのかもしれない。

ここでなら、もしかしたら友達が出来るかもしれない。

どこかでそう思っている自分に、はまだ気が付かなかった。






<続く>



=コメント=
始まりました、学園物(笑
いやぁ、「幻想学院」って何よ?(笑
「ファイナルファンタジー」だからなぁ・・・。
本当は、「最終幻想学院」にしようと思ったんですよ(笑
ファイナル=最終 ファンタジー=幻想 だから(笑
でも「最終・・・?」って思ったので「幻想」だけにしました(笑
安易かなぁー(笑
えー・・・次回!多分、雲と雨が出てきます(爆笑
というか、絶対出てくる・・・と思う(笑 [PR]動画