こんなのワガママだよね。




こんなワガママなお嫁さん、誰だって嫌だよね。










たまには嫉妬も










外は雨。

しとしとしとしと。静かに降り注ぎ、大地を叩いている。

雨は嫌い。暗い気持ちにさせるから。

けれど、好き。嫌な気持ちを洗い流してくれそうだから。

嫌い。好き。 好き。嫌い。

2つの気持ちが交差する。





「・・・洗濯物がたまる一方ね。」

はぽつりと呟いた。

現在リビングには、濡れた洗濯物が部屋干しされている。

この光景を見るだけで、重い溜息が出る。

娘のフィアはなかなかに楽しんでいるようだが。

1歩歩けば洗濯物にぶち当たるこの状況をなんとかしたいと思うのは当たり前。

早く雨雲が晴れて、まぶしいお天道様が覗けばいいのに。

、そろそろ・・・、・・・酷いな。」

自室から出て来たクラウドが、リビングに1歩踏み込んでそう呟いた。

目の前の洗濯物を手で避けながら、顔をしかめている。

行く手を阻むように部屋に吊るされた洗濯物のオンパレード。

これを見れば誰だって顔をしかめるだろう。

はそんなクラウドを見て、苦笑を浮かべた。

「洗濯物はたまるばかり。雨は嫌いじゃないけど、さすがに憂鬱ね。」

クラウドは洗濯物を避けながらに歩み寄る。

フィアはソファーの上でお休み中だ。

「もう3日間降りっぱなしだからな。」

クラウドもにつられて苦笑を浮かべる。

梅雨でも秋雨でもない。そんな季節に雨が降り続けば、気が滅入るのも当たり前である。

早く明るい太陽が見たいものだ。

「それはそうと、。ティファのところに行こう。」

はて。

は首を傾げて、すぐにああ、と頷いた。

クラウドの職業は運び屋である。

以前ティファに頼まれていた酒が届いたのだ。

それをティファに渡すまで、仕事は終わらない。

「確かワインボトル3本、ウィスキーボトルが5本だったわよね。」

「ああ。」

ティアは近所で『セブンスヘヴン』というバーを営んでいる。

洒落た店なので人気も高い。

クラウドやもたまに足を運ぶ。

ティファの作るカクテルは最高なのだ。

「フィアは大丈夫かしら。」

「大丈夫だろ。もうフィアも6歳だ。ちゃんと留守番くらい出来る。」

「うん・・・そうね。でも一応目を覚まして誰もいなかったら困るだろうし、

声は掛けて行きましょ。」

「そうだな。」

はソファで寝ている我が子をそっと揺すった。

小さな声を発して、フィアがゆっくりと目を開ける。

ぼんやりとした黄土色の瞳は、を見つめて停止する。

「フィア、ママとパパはティファのお店に行くけど、留守番出来る?」

「ティファのお店・・・?おるすばん?うん、いいよ。」

フィアは目をこすりながら言った。

ティファのところまで徒歩2分くらいなので、心配はないだろう。

は優しくフィアの頭を撫でると立ち上がった。

「じゃ、行くか。」

外は雨だ。

クラウドが酒の入った大きな木箱を持ち、が傘を差して家を出た。





外に出ると、静かな雨の音が耳に入ってきた。

クラウドと相合傘をしていると、肩の辺りが熱くなる。

恥ずかしいような、嬉しいような、とても複雑だけど心地良い気分になって。

しとしとと降る雨の音が、その心地良さをもっと深くしている。

この時が永遠に続けばいいのに。

そうしたら、クラウドと自分はずっと2人だけでいられるのに。

そんなワガママな考えが頭に浮かんでしまうのも、仕方のないことだ。

こんなに幻想的な雨なのだから。

ぽちゃん、ぽちゃん、と。

雨が地面を叩くたび、それが綺麗なメロディーに聴こえるのは何故?

クラウドのしっかりとした腕、肩。

その肩に、はほんの少し頭を預けた。

クラウドはそんなの様子を見て、優しい笑みを浮かべた。




クラウドが持っている木箱はかなりの重さだ。

酒の重さプラス木箱自体の重さもある。木箱だけでも重いというのに。

少しフラついているようにも見えるが、気のせいだろうか。

はクラウドの肩から頭を上げ、尋ねた。

「・・・クラウド、大丈夫?」

「ああ、多分な。」

苦笑するクラウドを見て、も苦笑いを浮かべた。

「ティファも大変ね。バーの経営だって簡単なことじゃないわ。」

「だな。ティファが接客業に向いてるとはいえ・・・苦労してると思うけど。」

何年もバーを経営しているから、慣れというものなのだろうか。

ティファのバーはそれなりに繁盛しているし、今更やめるということもないのだろう。

何せティファの作るカクテルは最高だ。

味だけではない。色、香り、カクテルとしての全てが、美しいのだ。

これはティファの才能なのではないかとすら思う。

静かな美味しさ。香りの美味しさ。

ティファらしいと思う。


「クラウドー!!ー!!」

声がしたので顔を上げる。ティファが店の前で手を振っているのが目に入った。

出迎えてくれたようだ。

「ティファ。」

「ありがとー、重かったでしょ?大丈夫?」

ティファが駆け寄ってきて、クラウドの木箱を受け取ろうとした。

けれどティファに持てるとは思えない。

このクラウドでさえ、少しフラついているのだから。

「店の中まで運ぶよ。それも仕事だ。」

「そう?ありがとう。」

ティファは店の扉を開けて、クラウドとに入るよう促した。

クラウドはそのまま店に入り、は傘を閉じてから店に入る。

中はいつもの通り、綺麗に整頓されていた。

少しアンティークチックな雰囲気が漂っていて、清潔感もある。

少し暗めの店内は無人で、今は営業中ではないことがわかった。

普段は流れている曲も、今は流れていない。

クラウドはカウンターの奥に木箱を置くと、深い溜息をついた。

そんなクラウドを見て、ティファは苦笑しながら「お疲れ様」と告げる。

「ほらほら、2人とも座って。何か作るわ。」

ティファにカウンターに座らされたクラウドとは顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。

そしてクラウドとは言う。

「俺は適当に強いのを。は?」

「私はいつものブルーラグーンを。」

ティファは「OK」と笑顔で言うと、早速カクテルを作り始めた。

ティファの流れるような手つきに、つい見とれてしまう。

クラウドやには全く理解出来ない世界だ。

カクテルの作り方なんてわかるはずもない2人は、いつもティファの動きに驚かされる。

まるで踊っているかのような、そんな自然で流れるような動きに。

「はい、おまちどおさま。」

ティファは言うと、クラウドとの前にグラスを置いた。

クラウドの前には、透明なカクテルが。グラスの中には、オリーブが飾られている。

そしての前には、透き通るような青のカクテルが置かれた。

その青いカクテルは、そう、まるでの髪のような青で。

「ありがとう、ティファ。」

は微笑み、ブルーラグーンに口を付けた。

中甘辛口のブルーラグーンは、のお気に入りだ。

甘いけれども、少しある辛さがなんとも言えず美味しい。

ブルーキュラソーの鮮やかな色合いは青い湖を思わせ、さっぱりとした味わいは心地良い。

ブルーラグーンのグラスの中にはオレンジ、レモン、レッド・チェリーが飾られていて、

ちょっぴり可愛いイメージがある。

アルコール度数は普通くらい。にはピッタリのカクテルである。

一方クラウドは、初めて見るカクテルに首を傾げてティファに尋ねた。

「これは何ていうカクテルなんだ?」

「それはマティーニ。カクテルの王様とも呼ばれてる、かなり強いカクテルよ。

メニューにも載せてないから、クラウドが知らないのも当たり前ね。

辛口で美味しいわよ。どうぞ召し上がれ。」

元々は甘口だったというマティーニだが、時代と共に辛口に変わったという。

クラウドはマティーニに口を付け、感心したように頷いた。

「ああ、美味いな。」

「でしょ?」

ティファは嬉しそうに微笑んだ。

クラウドは言う。

「前に来たとき出してくれたのはなんだったっけ?」

「ああ、アンダルシアのことね。琥珀色のカクテルでしょ?」

「それだ。あれも辛口だったな。」

「そうね。他には、キールとか飲んでくれたわよね。」

「キール?」

「赤いカクテルよ。アルコール度は普通で、中甘辛口の。」

カクテルの話で盛り上がるティファとクラウド。

楽しげに話している2人。

笑うクラウド。そんなクラウドを小突くティファ。




はよくわからなくて、ぽつんと2人と距離を置いていた。

隣にいるはずのクラウドが、遠い。

目の前にいるはずのティファが、遠い。

2人の話し声が、笑い声が、遠い。

なんで、こんなに“虚無”を感じてしまうのだろう。

その虚無は、怖いくらいで。

何故だかわからない。けれど、恐怖さえも感じてしまうほどで。

笑っている2人は、ぽつんとしているに気付いてはくれない。

2人の声が、聞こえない。

笑っている2人の表情が、見えない。

ずっと遠くに感じる2人の存在。



どうして、こんなに遠く感じてしまうんだろう。

クラウドは隣にいて、ティファは目の前にいるっていうのに。



どうして。




胸が急にざわめいた。

何かどろどろとした黒いものが、胸の奥で渦巻いた。

は、この感情を知っている。

人間の感情の中で、汚い部類に入るもの。

は、この感情で一度自分を責めたというのに。

どうして、今になってこの感情が胸に溢れてくるのだろう。




嫉妬。




そういう名の感情は、の中で溢れてそのままを包み込む。

怖い。嫉妬という感情に溺れてしまう自分が怖い。

嫉妬に溺れて、ティファやクラウドに酷いことを言うかもしれない自分が怖い。

どうすればいい。

どうすればこの嫉妬を消すことが出来る。

笑っているクラウド。笑っているティファ。

見るたびに、嫉妬という感情は膨れ上がるばかりで。

嫌だ。

こんな自分が嫌で、一度泣いたというのに。

どうして、こんなに感情は溢れ出してくるのだろう。

怖い。

嫌だ。












「・・・私、先に帰るね。」

ぽつりと言うと、その時初めてティファとクラウドが振り向いた。

少し驚いた顔をしているクラウドとティファ。

そして、空間に広がる沈黙。

「・・・?」

クラウドが、眉をしかめてを呼ぶ。

それでも、は答えることが出来なかった。

これ以上何かをしゃべれば、叫び出してしまいそうだったから。

だって、ティファはの知らないクラウドを知っている。

カクテルの話。もしかしたらそれだけかもしれないけれど、それでも。

の知らないクラウドがいる。

それは、クラウドが単独でティファの店に訪れていたということだ。

それがどうしようもなく悔しくて、哀しくて、嫉妬は膨れ上がって。

クラウドはいつも言ってくれる。

の作るコーヒーは最高だ、と。

のコーヒーを毎日飲める俺は幸せ者だ、と。

そう言ってくれたのに。

どうして、の知らないクラウドが存在する?

、どうしたんだ?どこか痛いのか?」

「・・・どうして?なんでもないよ。とにかく、私先に帰るね。」

冷たい言い方をしてしまう自分に嫌悪する。

けれど、クラウドは心配そうな瞳でを見つめるばかり。

「・・・なんでもなくないだろ。どうして泣いてるんだ?」

「・・・え?」



はふと自分の頬に触れてみた。

濡れてる。それは、自分が泣いてることを意味していた。

それが、急にの目を覚ます。

泣くなんて、卑怯だ。

、本当に大丈夫?体調悪い?」

「なんでもない。本当に、なんでもないから。」

これ以上ここにいたくなかった。

胸が押し潰されそうなほど辛くなって、は傘を置いたままティファの店を飛び出した。








雨が体を叩く。

どうしてこんなのが心地良く感じるんだろう。

それだけ、今の自分が穢れているから?

汚れている?穢れている?

馬鹿だ、私。

は思って、雨に隠されながら涙を流した。

雨で服が体にぴったりと貼り付く。でも、その冷たさが気持ち良くて。

どうして、嫉妬なんてしたんだろう。

ティファもクラウドも、悪くないのに。

ただ自分が気に食わなかった。それだけなのに。

なんで、嫉妬なんて。

優しい大親友のティファに嫉妬してしまった自分が、とてつもなく恥ずかしい。

ティファの作ってくれたカクテルは美味しくて、心地良かったのに。

あんなに美味しいカクテルだから、クラウドが1人で通うのも普通のことなのに。

だって、1人で通いたくなる気持ちだってある。

なのに、どうして嫉妬なんて。

!!」

はハッとして振り返った。

そこには、今慌てて店から出て来たクラウドの姿があって。

手には傘が握られている。

クラウドはに駆け寄ると、傘をの上にかざした。

「クラウド・・・。」

「おい、本当にどうしたんだ?どこか具合が悪いのか?」

具合なんて、悪くない。

悪いのは、胸の中に溢れかえる嫉妬の感情。

は力なく首を横に振った。

「なんでもない・・・よ。」

「なんでもないとか言うな。、なんだかお前変だぞ?」

わかってる。今日の自分が変なことくらい。

でも、感情なんて自分で操作出来るものじゃないのだから。

これ以上何も聞かれたくなかった。嫉妬の感情を、クラウドにぶつけたくなるから。

、何があったんだ?」

「クラウドには関係ないよ。」

駄目。ストップをかけないといけないのに。

けれど、言葉が止まらない。

「私が馬鹿なだけなの。私だってどうしてこんな気持ちになるのかわからないよ。

こんな気持ち、なりたくなんてないよ!ねぇ、どうしてこんな気持ちにさせるの?

ティファもクラウドも悪くない、そんなことわかってる!でも自分でもわからないの!」

叫べば叫ぶほど涙は流れて。

雨に隠れているのに、どうしようもなく不安で。

クラウドは驚いた顔をしている。

急にが叫び出したから、話がよくわからないのだろう。

、どうしたんだ?」

「私だってわからないよ!どうしてこんな気持ちになるのか、わからないの!

でもクラウドとティファが楽しそうに話してるとどうしようもなく嫌になるの!

私の知らないクラウドがいるって思うと、どうしようもなく哀しくなるの!!

一人よがりだってわかってる、でもどうしようもないことってあるでしょう?」

その言葉で、クラウドは何かを理解したようだった。

少し納得したように頷き、それからクスと笑って言う。

「・・・つまり、嫉妬してくれてたってコト?」

「・・・・・・。」

無言は肯定。クラウドは口元に浮かぶ笑みを堪えるのに必死だった。

嬉しくてたまらない。自分に対して、嫉妬してくれていたということが。

クラウドはの頭を優しく撫で、それから言った。

「・・・サンキュ。嫉妬してくれるなんて、すごく嬉しいよ。」

「どうして?普通こういうときって呆れたり、軽蔑したりするでしょ!?」

呆れたり?軽蔑したり?

そんなこと、大好きなに出来るわけないだろ?

俺は、にメロメロなんだから。

「さてはティファと俺がにわからない会話をしてたから居たたまれなくなったな?」

「・・・・。」

哀しそうに目を伏せる。けど、そんなが愛しくて。

「平気だよ。」

そう呟いて、クラウドはの頬に優しく触れた。

「俺は、どんなことが起こっても、しか見てないから。」

それだけに、のことが大好きで、大切で、愛しているから。

以外は、考えられないから。








「帰ろう。フィアが待ってる。」

「・・・うん。」

嫉妬して、ごめんね。

でも、すごく怖かったから。

クラウドが遠い存在に思えて、すごく怖かったから。

けど、クラウドは自分の一番近い場所にいてくれてるんだよね。

ありがとう。

そして、ごめんね。









<完>


=コメント=
どうもでした。これはかなりしっとりした話ですね。
ティファと楽しげに話すクラウド。そんな二人に嫉妬してしまうヒロイン。
そんなヒロインが可愛くて可愛くて仕方ないクラウド(笑
とにかくこの話はですね、カクテルの勉強になりました(笑
話を書くに当たって、カクテルの勉強をしました(笑
ただ単に名前を覚えただけとも言う(ぇ
こんなカンジに仕上がりましたが、いかがでしたでしょうか。
愛流様、素敵な挿絵を描いてくださってありがとうございました!!


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