今日も、いつもの非常階段へ足を運ぶ。





風のよく通る、俺だけの秘密の場所。










非常階段










「同じ失敗を繰り返すなと、あれほど言っただろう!!」

うるさい上司。失敗なんて誰でもするじゃないか。

大体、そう言うお前は同じ失敗をしたことがないというのか?

嘘つけ。そんなことあるはずがない。

皆知っている。ぐだぐだ言う上司ほど、失敗をたくさん犯していると。

そして、今自分に向かって怒鳴っている上司は、特にうるさい上司なのだ。

「聞いているのか!?クラウド!!」

一瞬本気で耳を押さえたくなる。

だがクラウドは理性でそれを堪え、面倒臭そうに上司を見つめた。

うわ、すごい顔。

憤怒とはまさにこういう顔のことを言うのか。

目はこれ以上ないというほどに吊り上がり、唇は思い切り歪んでいるし、

ついでに言うと耳は真っ赤だ。

顔がまだ赤くないのが唯一の救いというところか。

脂ぎった額から浮き出てくる汗を見ていると、気分が悪くなってくる。

それでなくとも少々肥満気味の汗臭い親父だというのに。

少しは風呂に入りやがれ。

そんなセリフを心の中で吐き捨てておく。

「返事くらいしたらどうだ!?」

「お言葉ですが、俺この後任務あるんですけど。」

そう言うのが精一杯だった。

本当は思い切り「ふざけるな」と怒鳴りたかったのを、皮肉で我慢したのだ。

自分でもよく我慢出来たと思う。

けれどそんな皮肉は上司にとって挑発以外の何物でもなく。

案の定、顔を真っ赤にさせて目を剥き、声のボリュームを3倍ほどにして怒鳴った。

「ふざけるな!!!お前は今日任務に出なくていい!!自室で反省していろ!!!」

ふざけるな?それは俺のセリフだ。

お前こそ自分のことをよく考え、自室で反省でもしろ。

そんな言葉を寸でのところで飲み込み、クラウドは溜息をついた。

任務に出られないというのは嫌でもあるが、ある意味好都合でもある。

最近疲れ気味だった体を、せっかくの機会だからゆっくり休めておこう。

この上司には散々ストレスを与えられてる。それを発散する良い機会だ。

そんなことを考えながら、クラウドは踵を返した。

後ろからまだ怒っている上司の叫び声が聞こえた気もしたが、とりあえず無視することにした。










クラウドは自分のお気に入りの場所へと向かっていた。

それは自室ではないし、訓練施設やリフレッシュルームでもない。

そこにいるだけで、気分転換になるお気に入りの場所。

クラウドは扉を開ける。

非常階段だった。

非常階段から見える景色は、なかなか良いものなのだ。

心地良い風が絶えず流れ込んでくるし、気持ちが良くなってくる。

クラウドは階段に腰掛け、外の景色を眺めた。

雲ひとつない晴れ渡った青い空。素直に綺麗だと思える空だった。

あのうるさい上司は、こういう景色を見てリラックスすることがあるのだろうか。

・・・きっとないだろう。

内心苦笑して、クラウドはポケットからタバコを取り出した。

ライターでタバコに火をつけ、それを口に運ぶ。

深く吸い、吐き出すと気分が落ち着いた。

未成年だということなんて、全く気にしない。

体に害があるとはわかっているけれど、要は自分で自分に責任を持てば良いだけの話だ。

自分の責任なんて、神羅に入る前から持っている。

だから、別に構わない。

タバコの煙を吐きながら、ぼんやりと景色を見つめる。

風が吹き、髪を靡かせる。

目を閉じると、更に心地良さが広がった。

上司の怒鳴り声も、ここなら聞こえない。自分だけの空間だ。

だが、そのとき不意に扉を開ける音が響いた。


ガチャ。


クラウドは反射的に振り向き、扉を開けた人物を見つめる。

そこには、自分と同じく神羅兵の制服に身を包んだ兵士がいた。

随分と華奢な体付きで、非常階段に先にいたクラウドを見つめて少し驚いている。

「・・・びっくりしたぁ。ボクよりも先客がいたとは思わなかったな。」

神羅兵が言う。驚いたのは神羅兵だけではない。クラウドだってかなり驚いた。

まさか非常階段に自分以外の者が来るとは。

神羅兵は小さく肩を竦め、クラウドの隣に腰掛けた。

「ヘヘー、この場所知ってる人がボク以外にもいて、嬉しいな。」

ニコニコと話しかけてくる青年。いや、声からしてまだ少年だろうか。

少女のような高い声だ。

その声は、どこかで聞いたことのあるような心地良いもので。

「あーっ、タバコなんて吸ってる。クラウドさん、あなたってまだ未成年でしょ?

いけないんだー。体悪くなっちゃうよ。それでなくてもストレスでボロボロなのに。」

「ストレスがたまってるからこそ、タバコ吸わなきゃやってらんないんだよ。」

初対面のはずなのに、初対面に思えないこの相手。

一体誰だか知らないが、相手は自分のことを知っている。

その妙なギャップに首を傾げながらも、クラウドは答えた。

「クラウドさんも、ここによく来るの?」

「ああ。・・・お前も?」

「うん。気持ち良いよね、ここ。ボクも大好きなんだよ。」

神羅兵は大きく息を吸い、それから溜息をついた。

しばらく続いた沈黙の後、ふとクラウドに向かって尋ねる。

「で、クラウドさんは何があったの?誰かに苛められた?」

「馬鹿言うな。上司の八つ当たりのターゲットにされただけだ。」

「はははー、実はボクも。もしかして、年々ハゲてってる小太り上司?」

「当たり。ものすごい顔で怒鳴られて叱られた。

あの上司の好きなコーヒーの種類間違えただけだぜ?ふざけんなってカンジだよ。」

「ボクもその上司に叱られたんだよ。掃除してたら、『どこ見て掃除してるんだ!』ってさ。」

互いに言い合い、顔を見合わせて笑う。

「あの上司、いつも怒り過ぎじゃないか?」

「はっきり言っちゃうとウザいってカンジ。なんであんなにいつもカリカリしてるんだろうね?」

どうやら皆思うことは同じらしい。

クラウドはタバコの火を消しながら苦笑を浮かべた。

「それで、ここに気分転換に来たんだね。」

「ああ。」

クラウドは頷いた。

この非常階段は、神羅社の中で一番空気が綺麗な場所だろう。

どろどろとした人間の気配もないし、なにより風が気持ち良い。

神羅兵は微笑み、景色を見つめた。

「クラウドさんは好きな人いないの?」

「は?なんだよいきなり。」

クラウドは驚いて神羅兵を見つめた。

クスクスと笑う神羅兵の少年は、どこかやわらかい雰囲気で尋ねる。

「いや、なんとなくだけどさ。」

その言い方や仕種が、ニブルヘイムの幼馴染によく似ている。

流れるような指の仕種や、ふとした優しい表情が。

クラウドはぼんやりとそう思い、ぽつりと呟いた。

「・・・気になる相手は、いる。・・・お前によく似てる。」

「へぇ。ボクに?」

「ああ。いつも、俺と一緒に遊んでた・・・・。俺はいつもそいつに頼ってたよ。

優しくて、笑顔が眩しくて、俺よりひとつ年下だけど・・・。」

クラウドは目を閉じる。

浮かんでくるのは優しい青。深い、海と空を思わせる美しい青。

目を開けると、少年はやわらかく微笑んでいた。

クラウドは言う。

「けど、よく自分でもわからないんだ。そいつに対する思いが憧れだったのか、

姉のような感覚で見てたのかもしれないし、本当に好きなのかもしれない。」

「そっか。・・・きっと、髪の長い綺麗な人なんだろうね。」

「は?なんで髪が長いって思うんだ?」

「なんとなく。クラウドさんって髪の長い女の子タイプでしょ。」

「はぁ?」

クラウドは顔をしかめた。この少年の言っている意味がよくわからなくて。

髪が長いといえば、すぐに思い浮かぶ顔がある。

確かに大切な友達だ。彼女に対しての憧れはあっただろうとは思う。

けれど、特別な感情を抱いているかと聞かれればそうではないと答えられる。

はっきり言ってしまえば、恋愛対象外の人物と言えるだろう。

大切なことに変わりはない。けれど、恋する相手かそうじゃないかはわかる。

彼女は、自分の恋愛の対象ではない。

「別に・・・俺のタイプなんてどうでもいいだろ。」

「ボクは興味あるけどね。クラウドさんのタイプの女の子。」

「馬鹿。」

クラウドは神羅兵の少年をど突き、タバコの火を足で揉み消した。

そして階段から立ち上がる。

「俺、もう行くけど、お前は?」

尋ねると、神羅兵は微笑んで答えた。

「ボクはもう少しここにいるよ。」

「そうか。」

クラウドは頷き、兵士の兜を脇に抱えて非常階段の扉に手をかけた。

だが、そこでふと少年に呼び止められる。

クラウドは首を傾げて振り返った。

「そういえば、クラウドさんに新しい任務の伝令があるんだよ。

ホントは、それを伝えるためにあなたを探しに来たんだ。」

神羅兵が言った。

新しい任務。内心待ってましたとばかりだったが、何故だか不思議な胸騒ぎがする。

その任務に行ってはいけないと、何かの囁きが聞こえるような気がする。

「・・・任務って?」

そんな不思議な囁きを掻き消すようにクラウドは少年に尋ねた。

少年は言う。

「明日、神羅カンパニーの極秘データを持ったレイリー博士という人を護衛すること。

そのとき、タークスの誰かも一緒に護衛につくって。

最近はアバランチとかいう反神羅グループが暴れまわってるって言うからね。

アバランチリーダーのエルフェって人、かなり強いらしいし。

重要な任務と思って行動しろってさ。」

「レイリー博士・・・。」

クラウドはその名を繰り返し呟き、考え込んだ。

名前だけは聞いたことがある。

女性ながらに見事なほどの知能を持ち、神羅に協力している博士だ。

神羅の極秘データを持っているということは、レイリー博士自体ものすごい人なのだろう。

アバランチリーダーのエルフェのことも、少しならば知っている。

セフィロスと剣を交え、無事でいられたどころかほぼ互角の力を見せたという。

エルフェも女性だというが、今この世の中は有能な女性ブームなのだろうか?

「それからもうひとつ。」

「ん?」

それで任務の話は終わりだと思っていたのに、まだ続いていたようだ。

クラウドは改めて神羅兵を見つめた。

「その護衛が終わったら、地方の魔晄炉の点検だって。それにはボクも行くよ。」

「地方の魔晄炉の点検か・・・。サンキュ。それじゃ、その任務のときにな。」

クラウドは頷いて、非常階段を出て行った。









あの神羅兵の少年は一体誰なのだろう?

異様に、幼馴染の・・・の雰囲気に似ていた。

骨格が細く、女性のような華奢な体型に見えたからそう感じたのだろうか?

いや、それだけではないように思える。

あの少年とは、何らかの関係があるように思えて仕方なかった。

「・・・の弟、とか?」

まさか。に兄弟はいない。

クラウドは自嘲的な笑みを浮かべ、頭を振った。

とにかく今は明日のレイリー博士護衛のことを考えておかなければ。

ふとクラウドは正面を見て、立ち止まった。

赤い髪の男と話している、金髪の女性。

2人とも黒いスーツを着ている。タークスだ。

女性の方が、ふとクラウドと目を合わせて立ち止まった。

強い光を宿した瞳。幼い顔立ちなのに、大人びている女性。

しばし、沈黙が続いた。

「おーい、何してるんだ、と。置いていくぞ、と。」

男性が女性を呼んだ。女性はハッとして振り返る。

「今行きます、レノさん。」

女性はそう答え、クラウドを一瞥してからその場を去った。

クラウドはその後姿を見送り、自分も自室へと歩を進める。

そのタークスが、明日の任務に同行するタークスだなどと思いもせずに。



そして、その後に待つセフィロスとの悲劇のことなんて、考えることもなかった。











<完>



=コメント=
どうも。これはもはやドリームとは呼べません、はい。
ヒロイン出てきてます。でも名前が二回ほどしか出てません(爆
ついでにいうと、かなりBCネタが入ってます。
ある意味ネタバレです。いや、そこまで細かいネタバレではありませんが。
レイリー博士とか、最後にちろっと出て来た金髪の女性とか、
そこらへんはBCのキャラです。
金髪の女性はプレイヤーキャラの短銃の女の子ですね。
私が使用してるキャラなので(笑
そのうちBC連載も書きたいです。ハイ。 [PR]動画