そんな顔で、俺を見ないで欲しい。






そんな笑みで、俺を見つめないで欲しい。








つくり笑い








今日も、空は晴れていた。

どこまでも澄んでいて、そんな美しさが・・・どこか俺を切ない気持ちにさせた。

手元の本に視線は行っているが、頭にあるのは全く別のこと。

あまり考えたくないことではあるけれど、考えずにはいられない。

俺の頭にあるのは、たった二つのことだけなんだ。



「こんにちわ!具合はどう?」

そう言って俺の病室に入ってきたのは、俺の一番大切なヤツ、だった。

俺は本を閉じて、を笑顔で迎えた。

「体調、良いんだ。なんだか・・・とても気分が良い。」

俺は窓の外を眺めた。

外は無責任なくらいに晴れ渡っていて、所々に真っ白な雲が浮かんでいる。

そんな雲を見ながら、俺は思った。

俺も死んだら、あんな雲になれるのかな。

真っ白で汚れを知らない、どこか切ない美しい雲に。

そう思った瞬間、俺は自分自身を呪った。

死んだ後のことなんて、絶対に考えないと決めていたから。

は、どこかぎこちない笑みで俺を見つめて、言った。

「駄目だよ、調子が良くてもちゃんと静かにしてなくちゃ!クラウドはすぐに無理するんだから。」

これ。こいつの口癖。

いつも何かと俺に「無理するな」と言う。

無理なんてしていないのに、何かと俺のことを気遣って、必ず言うんだ。

「無理って・・・この状態で、どうやって無理しろって言うんだよ。」

俺は苦笑した。

その瞬間、の顔が少し歪んだように見えた。

今にも泣きそうな、子供の顔に見えて。

俺はに、どうしたんだ、と声をかけようとした。

けど、そんな俺の言葉を遮るようには口を開いた。

「お見舞い。早く良くなってよね。」

そう言い彼女が差し出した花束は、俺には輝いて見えた。

色とりどりの花が詰まった、小さな花束。

その花束が、俺にどれだけ勇気と希望を与えたか・・・は、知らないだろ?

俺はありがとう、と言い、花束を受け取った。

その時に触れたの手は、とても暖かくて・・・俺の心まで、溶かしてゆくようだった。





、毎日来なくたっていいのに。」

俺は言った。

もちろんが毎日来てくれるのは嬉しいし、それが毎日の楽しみでもある。

けど、の都合だってあるんだ。無理をして毎日来てくれてるのなら、やめて欲しかった。

俺のために、大事な時間を費やして欲しくなかったんだ。

「いいの。私が来たいって思って来てるんだから。」

俺の枕脇の花瓶に花を生けながら、は笑顔でそう言った。

花も、の言葉も。彼女が俺にくれるもの全てが、俺の宝物。

花は、いつもよりも美しく輝いて見えた。

が俺に花束をくれた。ただそれだけのことなのに。

俺は、嬉しくてたまらなかった。笑顔が、自然と零れ出す。

「・・・い、いつ、退院出来るって?」

俺はふとと見つめた。の声が震えてる。

それくらい、俺にだってわかった。無理に隠そうとしているのも、丸見えだった。

「まだしばらくは・・・。」

俺は、きっと困ったように笑っていたんだと思う。

それは、もしかしたら寂しそうにも見えたかもしれない。事実だから。

「・・・そ、そうだよね・・・。」

は俯いた。

きっとは、無理矢理話題を出そうとしたんだ。

だから、一番そうなって欲しいと願っている“俺の退院”の話題を出した。

・・・本当はわかってる。

俺は、もう二度と退院なんて・・・病院から出ることなんて出来ないってことを。

黙っていてもわかるんだ。着々と俺に近寄る、死の足音が。

きっと、もそのことを知っているんだろう。

だから、こんなに辛そうに笑うんだ。

の笑みは、全てつくり笑いなんだ。

俺は、のつくり笑いを見るのが何より辛かった。

病気なんて辛くない。のつくり笑顔が、俺にとって一番辛かった。

けど、俺には夢がある。絶対に叶わない、ささやかな夢。

、もし俺が退院したら・・・。」

俺は目を伏せ、口を開いた。は俺に「何?」と問い返す。




「もし、俺が退院したら・・・・その時は、俺と一緒になってくれないか?」




俺が言った瞬間、が目を見開いたのがわかった。

ひゅっと息を吸い込み、驚いた目で俺を見ている。

「クラ・・・ウド・・・。」

彼女が俺の名前を呼ぶ。

・・・駄目、かな?」

駄目で元々。そのつもりでプロポーズしたんだ。

どちらにしろ、その夢が叶う可能性は全くと言っていいほどない。

だから、断られても・・・別に、心に傷など付くはずがなかった。

けれど、返事をしない彼女の表情を見てると・・・胸が、とても苦しくって。

俺・・・傷付いてるのかもしれないな。

自嘲気味に、そう思った。



「駄目・・・なわけないよ・・・!」



彼女の返事は、そうだった。

は俺に抱き付き、涙を流した。

そんなが、とても愛しくて。狂おしいほどに愛したくて。

俺は、もうあまり言う事を聞かなくなった自分の腕を持ち上げ、を抱きとめた。

はただただ俺にすがり付いて泣いている。

彼女がどんな想いで泣いているのか、俺には痛いほどよくわかった。

そして、嬉かった。

は、こんなにも俺のことを想ってくれている。

もう、恐れるものは何もないと。そう思った。

優しいの体温。その体温を感じながら、俺は目を閉じた。





―――――――――先生・・・俺はいつ、退院出来るんですか?





俺は何度も、医者の先生にそう聞いた。





―――――――――君は私に会うと、必ずそう聞くね。何故だい?





先生は、俺が尋ねる度に逆に問い返してきた。

いつもは「先生には関係ないです」と俺も返してた。

けど・・・もう、俺に残された時間が少ないって・・・薄々勘付いてたんだ。

だから・・・。





―――――――――・・・守りたい女が、いるんです・・・。





俺はそう答えた。

言うと、先生は少し驚いたように目を見開いた。

きっと、いつも返してた返事と違ったからだと思う。

先生はしばし沈黙し、一歩俺のベッドに近寄って、こう言った。





―――――――――・・・安心しなさい。彼女は、もう充分君に守られているよ。





先生は俺との関係を知っていた。

何もかも、バレバレだったんだ。・・・なんとなく、悔しいけど。

先生は微笑んで、最後にこう言った。





―――――――――今はとにかく、体を休めることを最優先に考えなさい。いいね?





その一言で、俺はピンと来た。

もう、俺は退院出来ないんだって。

先生は「体を休めること」と言った。治る見込みがあるのなら、「体を治すこと」と言うはずだ。

俺が求めていた言葉を、先生は言ってくれなかった。

けれど、それで俺は何故かほっとした。

多分、もう生きたり死んだり・・・そういうことを考えずに済むからだと思う。

けど、その分・・・俺は、胸が張り裂けそうな思いに襲われた。

・・・先生の言葉は、あと少ししかと一緒にいられないという無言の告白だったから。

俺の命のカウントダウンは、もう始まっている。





―――――――――先生・・・。





―――――――――・・・なんだい?






どうして、俺はこんなに辛い恋を選んでしまったんだろう。






―――――――――俺の“守りたい女”は・・・幸せだと、思いますか?






どうして、俺はじゃないと駄目だったんだろう。






―――――――――・・・ああ。きっと幸せだよ。

―――――――――君に・・・こんなにも愛されているのだからね・・・。






「・・・私、ウェディングドレス着るよ。クラウド、タキシード着てね・・・。」

が、涙を拭きながら・・・精一杯の笑顔で言った。

これだ。つくり笑顔でもなんでもない、純粋なの笑顔。

俺は、これが見たかったんだ。

俺は微笑んで、頷いた。


「新婚旅行は、どこへ行こうか?」

「どこでも良いよ。クラウドと一緒なら・・・どこでも。」


俺も同じ。と一緒なら、どこへでも行ける気がする。

それが例え、病魔に巣食われた俺だとしても。

この世を去った後の、魂だけの存在になった俺だとしても。



は、微笑んでいた。

もう、つくり笑いなんて必要ない。

純粋な、綺麗な笑顔。

俺は、そんなの笑顔が・・・一番大好きなんだ。






きっともうすぐ、俺はこの病室から去るだろう。

そして、はここへ来なくなる。

この病室が空室になった時、きっとは毎夜泣き明かす。

真っ赤な目をさらして、それでもきっと泣き続けるだろう。

俺との思い出を頭に描いて。

ずっとずっと、泣き続けるだろう。

俺はきっと、泣いているの傍にいて・・・見守っているんだ。

泣くな・・・って、呟きながら。

そして彼女が新しい道を歩き出したとき、俺は彼女の傍からも去る。

けれど、魂は・・・俺の心は、ずっとの傍にある。





「クラウド、笑って?」




「なんだよ、急に。」




「いいから、笑って?」





俺は、少し照れながら・・・微笑んだ。それにつられて、も微笑む。

似てるんだ。・・・俺達の、笑みって。


俺、絶対にのことを忘れない。例えどこに行こうとも。

俺は密かに、胸に誓った。






「私、クラウドの笑顔・・・大好きだよ。」



「俺も、の笑顔が好きだよ。」





ありがとう。

心の中で、そう呟いた。





「クラウド、ずっと笑っていてね。」



「ずっと笑ってるよ。」





約束。





    *   *   *   *





そして俺は・・・この世を去った。




白い世界へと飛び去った日・・・今でも、忘れられない。




やっぱりは大泣きをして、目を真っ赤に腫れ上がらせていた。




けど・・・いや、だからこそ。俺は、笑ったんだ。




『どうしてっ・・・ねぇ、どうして笑っていられるの!?なんで今笑っていられるの!?』




泣くなよ。お前の涙、見たくないんだ。




『だって・・・ずっと笑っていてねって・・・、言っただろ・・・?』




約束、したろ・・・?




俺、約束は守る主義なんだ。




例えどんなに小さな約束だとしても・・・。




それがとの約束なら、尚の事。・・・だろ?









病院を出る彼女の姿。

その背中は、まだどこか寂しそうで、けれど決意を秘めた背中で。

もう、つくり笑いなんか、しないだろ?

俺は彼女の姿が見えなくなるまで見送って。

そして最期に微笑んで・・・この世を去った。




空はどこまでも澄んでいて、その空は・・・

約束をした日と同じ、広く青い空だった・・・。








<完>

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