俺の身に起こったひとつの奇跡。

それは、アイツが俺のためにくれた贈り物。

その贈り物は、俺にとって最高に嬉しく

・・・そして、その嬉しさ以上に身を引き裂かれるほど辛いものでもあった・・・。







ありがとう








青い空。まぶしい太陽。

秋の空って、どうしてこんなに高く感じるんだろう。

私はそんなことを思いながら、手を空に伸ばしてみた。

少し冷たい風。その風に乗って、枯葉が舞う。

静かで、とても素敵な枯葉のロンド。

くるくる、くるくる。

枯葉は風によって、空へと高く舞い上げられた。

私はその枯葉を見送り、それから再び歩き出す。



今日は、久々にクラウドに会える日。

クラウドは現在不治の病で入院している、私の彼だ。

医者の先生が言うには、もう彼の命は長くないらしい。

私はその事実を聞いたとき、狂ったように叫んでいた。

どうして、クラウドが?

まだまだ人生これからって年齢なのに、どうしてクラウドが?

私には理解出来なかった。

そんな不治の病を負う人物が、どうしてクラウドじゃなきゃ駄目だったのか。

私は苦しい運命をクラウドに授けた神様を恨んだ。

クラウドの人生を奪った神様を、恨んだ。

けれど、クラウドは笑って言う。仕方ないよ、と。

何が仕方ないのか、どうして笑っていられるのかわからなかったけれど、

クラウドは優しいから・・・きっと、全てを受け入れられるんだね。

だから私は、それ以来そういう話題には触れないようにした。

どう足掻いても、運命に逆らえないのなら・・・今を、楽しく生きていたいと思ったから。

そう、クラウドとの思い出を作る方が、今私にとって大切なことだから。

クラウドの笑顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、困った顔も全て。

クラウドの全てを、私の胸に閉じ込めておきたい。

「・・・早く行かなきゃ。」

私は呟いて、少し駆け足でクラウドの病院へと向かった。

大きな道路の信号が赤に変わりかけている。

私は走って、道路に飛び出した。

一瞬時間が止まったように思えた瞬間、

信号が、赤に変わった。











「・・・・・・・」

俺は夕暮れの町を見つめていた。

病室の窓から見つめる町の風景は、悲しいほどに美しい。

今日、は来なかった。

今日は約束の日だった。来るはずだったんだ。

けれど、は来なかった。

の身に何かあったんだろうか?いや、それとも急用が出来たのだろうか。

いろいろ考えたけれど、病院生活の俺にはに会いに行くことなんて出来ない。

電話をしても留守電になってしまう。

、一体どうしたんだ?



3日後、検診がある。

俺は、もうその検診で言われる結果を予想していた。

多分先生の口から出てくる言葉は、俺の命がもう尽きかけているという事実。

元々俺は不治の病で、それが悪化したため今のこの状況にある。

きっと、俺はもうすぐ死ぬ。

そんな未来を考えたくなくて、俺は小さく頭を振った。







せめてが俺の傍にいてくれたら。

そんな未来も、きっと受け止められると思うのに。

今日、は来なかった。







との約束の日から2日。

この2日間、から何の連絡もない。

皮肉なくらいに天気は良好。晴天が続いている。

俺は明日を迎えるのが怖くて、ずっとベッドに横になりながら考えていた。

に会いたい。

は今、どこで何をしているのだろう、と。

目を閉じて浮かんでくるのは、決まっての笑った顔だ。

それほどまでに愛しく、大切な彼女。

俺は、がいないと駄目な奴なんだな、と自嘲する。

自然と笑いがこみ上げて来て、俺は笑った。

明日の検診で、俺の全てが終わる。

そんな気がした。






そして、検診の日。

きっと俺は、死刑台に向かう囚人の顔をしていたに違いない。

体が少し震えていて、検査をするのが怖かった。

酷い顔だったんだろうな、きっと。

もう人生なんて諦めたつもりでいた。

いや・・・例えば検診の前に、一目でもを見ることが出来たのなら、

きっと完璧に諦められていただろう。

けれど、俺はには会えなかった。

だから・・・こんなに、怖いんだろうな。



検査の後、俺は黙って先生の前の椅子に腰掛けた。

先生は黙ってレントゲンの写真やらカルテやらを見比べて、少し困惑の表情を浮かべている。

その表情の意味が読めなくて、俺は少し目を細めた。

先生はしばらく不思議そうにカルテを見つめていたが、やがて俺に向き直った。

そして、ゆっくりと口を開く。

「・・・・奇跡だよ。」

「・・・え?」

俺は先生の言葉の意味が理解出来なかった。

困惑した顔で、聞き返す。

「奇跡・・・いや、何かの魔法としか考えられない。」

「あの・・・俺の体・・・どういう状態なんですか?」

てっきり、死の宣告をされて終わりだと思っていたのに。

現実は、全く予想外の展開だった。

「・・・全くの健全だよ。君の体に巣食っていた不治の病・・・それが、跡形もなく消えている。」

俺は、混乱した。

不治の病。それは、文字の意味のまま決して治らない病気のことを言う。

その決して治らないはずの病気が・・・治った?

俺の体が、健全・・・?

「先生・・・冗談ならやめてください。俺、もう覚悟してるんですから・・・」

「冗談なものか。私は事実を述べているんだよ。私ですら、こんなことは信じられない。」

先生の声は、少し興奮しているようだった。

奇跡。

そんなものが、本当にあるのだろうか?

「先生・・・じゃあ俺は・・・?」

「何の文句もなく退院だよ。念のためあと2日ほど様子は見るけど。」

まさか。

もう、病院から何年も出ていないというのに。

俺はまだ現実が信じられなくて、少しふらふらとした頼りない足取りで部屋を出た。








自分の病室に入って、一瞬硬直する。

俺は目を見開いて、目の前にいる人物を見つめていた。

「こんにちわ。」

笑顔で彼女は言う。

そこにいたのは、俺のベッドに腰掛けていたのは、ずっと会いたかっただったのだ。

俺はの言葉に返事をすることが出来ず、ただ呆然とを見つめていた。

はそんな俺を見てクスリと笑い、手招きをした。

俺はよろよろとに近寄る。

「・・・・・・。」

「どうしたの、呆けた顔しちゃって。」

言いたい事はたくさんあった。

3日前、どうして来なかったのか、とか。

どうして連絡をくれなかったのか、とか。

とにかく、いろいろ。

俺はまだ混乱している頭を回転させて、ゆっくりと口を開いた。

・・・どうして連絡くれなかったんだ?3日前・・・来れないなら連絡くらい・・・」

「ごめんね。急に用事を思い出しちゃって、それで慌てて帰ったの。

連絡しようと思ったんだけど・・・そんな暇もなくて。本当にごめんね。心配させちゃった?」

「当たり前だ。心配したんだぞ・・・。何かあったんじゃないかと思って・・・。」

は苦笑を浮かべた。

「うん、ごめん。本当にごめん。」

何度も謝る。別に謝って欲しかったわけじゃない。

俺はの頭を軽く撫で、の隣に腰掛けた。

・・・俺、退院するんだ。」

「うん、知ってる。さっき先生から聞いた。・・・良かったね。

本当に良かったね・・・。私、嬉しくて涙が出そうになっちゃったよ。」

は微笑んで、俺の肩に頭を乗せた。

心地良い重さ。俺はそのまま、を抱き寄せた。

「これからは・・・ずっと、一緒にいられる・・・。」

「・・・うん・・・・。」

が、小さく微笑んだのがわかった。

「不治の病だったのに・・・それを治しちゃうなんて、クラウドすごいよ。」

「先生にも奇跡だって言われた。何かの魔法じゃないかって。」

「あはは、案外当たってるかもよ?」

は声を上げて笑い、目を細めて俺を見つめた。

静かな瞳。静寂の瞳。

そんな瞳が俺を見て、揺れた。

「・・・それじゃ、そろそろ帰るね。」

「もう・・・帰るのか?」

俺が言うと、は苦笑を浮かべる。

「うん・・・長くは、いられないんだ。」

「そうか・・・。」

少し残念だった。

けれど、俺が退院したらきっと・・・毎日のように、会えるよな?

は病室のドアのところで振り返り、

俺がまだ見たこともない・・・最高の笑顔を見せてくれた。

そして、は言う。

「クラウド、またね。」

「ああ・・・。」

少し響くような、やわらかい声。

は静かに俺を見つめると、そのまま病室を出て行った。

部屋に残った、不思議な感じ。

どこか違和感のある、けれど優しい雰囲気。

何故そんなものが部屋に残ったのかわからないが、俺はそれを心地良く感じていた。




ほとんどと入れ違いで、俺の友達のヴィンセントが入ってきた。

ヴィンセントは病室のドアを閉め、ゆっくりと俺に近寄る。

そしてかすかに微笑んで言った。

「・・・退院するそうだな。奇跡の回復だと医者も言っていた。・・・とにかくおめでとう。」

「・・・ありがとう、ヴィンセント。」

俺は微笑んで言った。

ヴィンセントは「お前の笑顔を見たのは何年振りだろうな」と呟く。

俺は苦笑して、ヴィンセントを見つめた。

ふと、ヴィンセントの表情が曇る。

さっきまで笑ってたのに、急に表情が曇った。

そのことに疑問を感じ、俺は首を傾げた。

ヴィンセントは、どうしようか迷っていたようだったが、やがてゆっくりと語り出した。

「・・・お前に、話さなければならないことがある。」

「何?・・・どうしたんだよ、ヴィンセント。急に元気なくしてさ・・・。」

ヴィンセントは目を伏せ、静かに・・・俺に告げた。





「・・・が3日前・・・交通事故で・・・亡くなった。」





俺は目を見開いた。

馬鹿げてる。ヴィンセントは、何の冗談を言っているのだろう、と。

俺は眉をひそめ、ヴィンセントに言った。

「何の嘘だよ、ヴィンセント。性質の悪い冗談はやめろよな。」

「嘘ではない。・・・3日前、ここに来る途中事故に遭ったんだ。」

嘘だ。

俺は、ヴィンセントの言葉は嘘だと確信していた。

何故なら。

「さっきまで、はここにいたんだぞ?俺と少し話して、それから帰って行った。

ヴィンセント、廊下でに会っただろ?」

ヴィンセントは驚いて俺を見つめた。

信じられない、とでも言うように。

「・・・私はこのことを話そうか悩んでいた。だから、ずっと廊下の角で考えていたんだ。

・・・検診が終わってお前が病室に帰って来たのを、私は見ていた。

その直後、お前が退院するのだと医者から聞いた。その後私は病室に向かった。

しかし・・・私は、がこの病室から出てくるのを見ていない。」

俺は困惑した顔でヴィンセントを見つめていた。

体が、動かなかった。

呆然と、ただヴィンセントを見つめていた。

「・・・嘘だ・・・。」

「クラウド・・・。」

「嘘だ!」

信じたくない。

だって、俺はついさっきまで・・・数分前まで、と会話をしていたじゃないか。

この腕に抱き締めたのぬくもり。あれは間違いなくのものだった。

優しく微笑んで俺に語りかけてくれた。俺の退院を喜んでくれた。

そして、帰り際・・・「またね」と・・・。

「ヴィンセント・・・嘘だろ?嘘だって言ってくれ・・・!」

ヴィンセントは目を細めて俺を見つめた。

俺は何度も頭を振り、の死を受け入れなかった。

自然と、涙が流れた。




俺はただ黙って涙を流し続けた。

受け入れたくない事実。考えたくない事実。

ヴィンセントはしばらく俺を見つめていたが、やがて口を開いた。

「・・・お前の不治の病は、奇跡的な・・・まるで魔法のような回復だったのだろう?

・・・恐らくそれは、が最期にお前に残した、贈り物だ。」

が、最期に俺に残してくれた、贈り物。

「・・・「クラウドの病気を治すことが出来る術があるのなら、何でもしたい」。

・・・は、私にそう言っていた。」

普通なら考えられない不治の病の回復。

その回復は、きっと何かの魔法がかけられたから。

「・・・の魔法・・・?」

「そうだ。・・・きっと・・・逝く前に、お前に会いに来たのだろう・・・。」

が、最期に俺にくれた・・・最高で、俺にとっては一番辛い、贈り物。

『クラウド。私、クラウドのこと・・・大好き』

声が聞こえた。

ふわりと、唇に何かが触れた気がした。
















・・・・・・・・。

























その後俺は退院し、何年も出られなかった外へと飛び出した。

奇跡的な回復。魔法のような回復。

この魔法は、恐らくはが俺にくれたもの。

俺にとって、一番嬉しく、一番辛い贈り物。

大好きな

俺の、永遠に愛しい人。






ありがとう、

そして・・・きっと、またどこかで会おう。

俺は、これで終わらす気はない。

俺・・・お前に会えるように、頑張るから。

だから・・・きっと、また・・・会おう・・・。







俺は彼女が好きだった花の詰まった花束を持ち、

彼女の最期の場所へと向かった。









<完>



音楽:『星屑』 Shinjyou's Music Room


[PR]動画