これは、ずっと昔の物語。





旅人と、不思議な少女の物語。






天上の青







何百年も昔の話。一人の旅人が、旅をしていました。

金色の髪、青い瞳、整った顔立ち。

どこかの一国の王子とも見間違えそうな雰囲気を持つ、旅人でした。

けれど旅人は、いつもは服で見えない右肩に、重罪人の印を持っていました。

熱い火で焼いた鉄のこてで押された、重罪人の火傷の痕です。

旅人は美しい顔立ちをしていましたが、その瞳は曇っていて、何も見てはいませんでした。

誰も信じていない。この世でさえも、何も信じられないという瞳。

汚らしい服と、粗末な外套を着た旅人は、宛てもなく旅をしているのでした。

この旅人が一体何を求めて旅をしているのかは、誰にもわかりません。

旅人は、長旅で疲れた自分の足を引き摺るように、歩き続けました。





やがて旅人の目に、小さな村が見えて来ました。

辺りはもう暗く、野宿かと思っていた旅人だったので、小さな村でもとても有難いものでした。

旅人は足を引き摺りながら、村へと踏み込みました。

暖かい食事と、暖かな床で眠りたい。

旅人は宿を探し、宿の扉をくぐりました。

「一晩、泊めてください。」

旅人は言いましたが、宿の主人は取り合いませんでした。

それは、旅人の風体を見て金が払えないと思ったからでした。

「金がないヤツを泊めることはできねぇ。悪いが他を当たってくれ。」

旅人は疲れ果てていましたが、こう言われては仕方がありません。

旅人はがっくりと肩を落とし、宿を後にしました。

その後も村中の宿屋を廻りましたが、どこの宿屋も旅人を泊めようとはしませんでした。

旅人はもうくたくたです。あと少しでも、動くことが出来ないほどに疲れ果てていました。

「もし、旅のお方。」

旅人は振り返りました。そこには、青い髪の不思議な少女が立っていました。

少女は手に果物の詰まったかごを抱えています。

旅人は虚ろな目で少女を見つめ、その場に立ち尽くしました。

少女は言いました。

「見たところ、お困りの様子。もしよろしければ、私の家にいらっしゃいませんか?」

旅人にとって、その言葉は最高に有難いものでした。

けれど旅人は、他人のことが信じられません。他人が怖かったのです。

一歩後ろへ下がってしまう旅人を見つめ、少女は首を傾げました。

旅人は警戒した目で少女を見つめています。

少女が何か行動を起こせば、腰の剣を抜きそうな勢いです。

少女は旅人の警戒心を察し、手に抱えていた果物かごを傍に置きました。

そして両手を広げて、優しく微笑んだのです。

「私はあなたに何かをしようとしているわけではありません。

私は刃物のような高価なものは持っていません。果物ナイフは

持っていますが、もうほとんど切れなくなってしまった果物ナイフです。

そんな果物ナイフで、誰かを殺せると思いますか?」

旅人は目を見開き、少女を見つめました。

少女は変わらず微笑んでいます。

「私の名は。あなたは?」

「・・・クラウド。」

旅人は、まだ警戒心を含んだ声で自分の名を告げました。

少女は両手を下ろし、果物かごを抱えました。

「クラウド・・・。素敵な名前ですね。あなたのお母様の思いが伝わってくるようです。」

旅人は戸惑いました。

他人から、こんなふうに接せられたことがなかったのです。

少女は旅人に近寄ると、笑顔で言いました。

「私の家はすぐそこです。行きましょう。」

少女のやわらかい誘いを、旅人は断れませんでした。

何故断れなかったのか、旅人にもわかりませんでした。





少女は、旅人に暖かい食事と暖かい床を用意してくれました。

旅人は久々に暖かい食事にありつけて、幸せでした。

少女は食事をしている旅人を見つめながら、微笑んでいます。

けれど旅人はふと少女の微笑みに気付き、食事をする手を止めました。

「・・・何故、俺にそこまで優しく出来る?俺は極悪人かもしれないんだぞ?」

旅人は服の袖を捲り、右肩の重罪人の印を少女に見せました。

少女は一瞬驚いたようでしたが、すぐにやわらかく微笑んで言いました。

「その印は重罪人の印ですね。けれど私には、あなたが重罪を犯すような人には見えないのです。

何かの手違いで、濡れ衣を着せられて・・・そしてその印を押されたのかもしれないでしょう?」

「けれど本当に重罪人なのかもしれない。・・・お前は甘すぎる。」

旅人は自分でも何を言っているのかわかりませんでした。

何も考えなくても、次から次へと言葉が出てきてしまうのです。

少女は目を閉じ、自分の服の袖を捲りました。そして、旅人に自分の右肩を見せたのです。

旅人は何も言いませんでした。いえ、言えなかったのです。

驚いたことに、少女の方には旅人と同じ、重罪人の印が押されていたのです。

驚く旅人に、少女は言いました。

「私は、ずっと信じていた人に裏切られました。

その人は罪を犯し、私に身代わりになってくれと頼みに来たんです。

私はその人のことを信じていたし、身代わりにでもなんでもなってあげたいと・・・。

・・・そう思い、彼の身代わりになって牢屋に入りました。

彼は私に言ったんです。「必ず助ける。迎えに行くから。」と。

私はその言葉を信じ、牢屋でずっと待ち続けました。けれど彼は来なかった。

私も馬鹿だったんです。彼の罪が、まさか重罪だなんて思わなかったから。

死刑にこそならなかったものの、こうして右肩に重罪人の印を押され・・・私は牢屋を出ました。

世間では後ろ指を差されながら生きるしかない重罪人に、私はなってしまたんです。」

何の罪も犯していないのに、重罪人の印を押された少女。

旅人は目を細め、目頭が熱くなるのを堪えました。

そして、ぽつりぽつりと話し出したのです。

「・・・俺は、とある国の王子だった・・・。

けれど、権力を笠に着て汚い国を作り上げる父上が、どうしても気に入らなかった。

・・・だから、殺したんだ。俺は浅はかだった・・・。

例え俺の地位が王子だとしても、俺が殺したのは一国の王。

重罪になるのは、わかり切っていたことなのに。

俺は重罪人の印を押され、国を追い出された。それからずっと、旅をしていたんだ。」

少女は少し寂しそうな笑みを浮かべ、旅人に言いました。

「その行為は、国を想っての事だったのでしょう?ならば、あなたが気に病む必要はありません。」

少女は微笑み、旅人の手を握りました。

旅人は初めて、どこかぎこちない、それでも綺麗な笑みを浮かべ、少女に尋ねました。

「・・・名前を、もう一度おしえてくれないか?」

「・・・と、申します。」

青い髪を揺らしながら、少女は言いました。

旅人は目を細め、小さく何度も頷きました。

そして、少女に言いました。

「・・・こんな気持ちは久し振りだ。・・・もしよければ、俺の旅に付き合ってくれないか?

宛ても目的も何もない、ただ世界を見て廻るだけの旅だけど・・・。」

少女は少し驚き、そして笑顔をこぼしました。

旅人の目は、もう曇っていませんでした。透き通る、青い目をしていました。

その色は、少女の髪と同じ色で、その色は天上の青を同じ青でした。

少女は旅人の申し出に、静かに頷きました。

「私に見せてください。世界の全てを。世界には、どんなことが広がっているのかを。」




次の日の朝早く、旅人と少女は旅立ちました。

二人の右肩には、全く同じ重罪人の印。

けれど、二人は幸せそうでした。

もしかしたら、ずっと昔に・・・どこかで、出会っていたのかもしれない。



二人を、天上の青が照らし出し、祝福をしているかのようでした。

二人の旅は長く続くでしょう。

けれど、もう何かを見失ったりしないでしょう。

二人は抱き合い、互いのことを想いました。

互いが相手のことを、一番大切に想っている証。

二人は、口付けを交わしました。








<完>


=コメント=
おとぎ話チックな話にしてみました(笑
だって・・・ときメモGSのプロローグみたいなんが急に
書きたくなったんだもん・・・・(涙/何故泣く [PR]動画