昔から、雨はどことなく苦手だった。






しとしと、しとしと、







誰かが泣いてるように、降り続けるから。















クラウドの仕事は運び屋である。

バイクフェンリルにまたがり、あらゆるものを運ぶ、運び屋。

いつもはこの時間は仕事に出ているのだが、今日は生憎雨である。

仕方なしに家で運ぶ荷物の書類を片付け、整理を終えた時には、もう4時を回っていた。

確か書類の片付けに入ったのは12時頃だったはずだ。

もう4時間も過ぎてしまっていたらしい。



クラウドは自室を出て、リビングへとやってきた。

リビングには絵本を読んでいる我が子、フィアの姿があったが、の姿は見当たらない。

普段ならばクラウドが家にいる時はリビングにいて、フィアの相手をしているというのに。

「フィア。ママは?」

「知らないよ。どこかに行っちゃったみたい。」

クラウドが聞くと、娘はきょとんと答えた。

フィアは窓の外を眺め、「雨さん止まないねぇ」と呟く。

クラウドはもう一度リビングを見渡し、の姿がないことを確認した。

キッチンにも、寝室にも、の自室にも、そしてリビングにも。

家のどこにも、はいない。

となると、外出をしたという可能性しか残らない。

「・・・こんな雨の中を?フィアにも俺にも何も言わずに・・・?」

玄関を見てみると、の傘は残っている。

何も差さずに外に出掛けたのだろうか?

クラウドは一度リビングに戻り、フィアに言った。

「フィア。パパはちょっと出掛けてくるから、良い子で留守番してろよ。」

「はぁい。行ってらっしゃい。」

フィアの返事を聞くと、クラウドは傘を持って家を出た。




外はすごい雨である。

風や雷こそないものの、雨自体の量は普段の雨よりずっと多い。

クラウドは目の前の給水塔を見つめ、それから歩き出した。

道端の排水溝を、ものすごい勢いで水が流れてゆく。雨水で増水しているのだ。





冷たい雨。

随分と昔に、今と同じような雨を見た気がする。

まだ子供だったころ。自分の隣には、がいた。

今だってそのはず。けれど、『今』自分の隣にはいない。

それだけのことなのに、何故かクラウドは慌てていた。

もしかしたら少し買い物に行っただけかもしれない。

間の抜けた結末だって、充分に考えられるのに、クラウドは慌てずにはいられなかった。










どこにも行かないと約束した。

ずっと一緒にいる、と。そして、互いに愛し合ってると信じていた。

決しては自分の前から姿を消さないだろう、と。

だが、よくよく考えてみればが姿を消さないという保証はどこにもない。

が隣にいるのが普通で、それに慣れてしまっていたから、あまり気にしていなかった。

けれども。

・・・。」

クラウドは呟き、唇を噛み締めた。

、一体どこへ? 傘も差さずに。

こんな雨の中、傘も差さずにどこへ行ったんだ?


ニブルヘイムの中にはいなかった。

けれど、こんな雨の中村の外へ行くということはあまり考えられない。

「となると・・・。」

残るはひとつ。ニブル山だけだ。




クラウドは走っていた。

そして、を見つけたら何と言おうか、と考えていた。

そういえば、最近はクラウドの仕事が忙しくて、なかなかと一緒にいられなかった気がする。

忙しさのためか忘れていたが、クラウドだってと一緒にいたかったのだ。

心のどこかで、小さな穴が空いたような感覚だって覚えていた。

離れてみて初めてわかる、とはこのことか。

クラウドは自嘲気味に笑った。

ニブル山の入り口に差し掛かり、クラウドは立ち止まって目を細める。

遠くに見える、鮮やかな色。

灰色のニブル山に、水色のものは存在しない。

・・・。」

クラウドは傘を放り投げ駆け出した。しゃがみ込んでいる

もしかしたら、体調でも悪いのかもしれない。

早くの元に行って、その細い肩を抱き締めたい。

クラウドは息を切らせて、それでも走った。

ッ!」

大声で叫んだ。ビクリとの肩が揺れ、ゆっくりと振り向く。

は全身びしょ濡れだった。髪からは雨が滴り落ちている。

「あ、クラウド。」

予想外のの返事に、クラウドは拍子抜けしそうになった。

は立ち上がると、苦笑を浮かべた。

・・・どうしてこんなところに?心配したんだぞ・・・。」

「ごめんね。なんとなく、ここに来たくなって。ほら、ここって私が迷子になって、

クラウドに助けられた場所。覚えてる?」

忘れるわけがない。めそめそと泣いていた、小さな女の子。

あの頃自分は、どうしようもないくらい捻くれていた。

「・・・覚えてるよ。・・・忘れるわけ、ない。」

言うと、はクスと笑った。

「晴れの日も、雨の日も、一緒にここで遊んだよね。」

一緒に。

「それで、クラウドがちょっと私から離れると・・・私、すぐに迷子になっちゃってたよね。」

「・・・そう、だったかな・・・。」



雨の日のこと。覚えている。

ちょっと待ってて、と言い残して駆けて行く少年を見て、少女は心細くなった。

だから、追いかけた。少年は足が速い。追いつくはずなど、ないのに。

それでも必死に追いかけて、気付けば全く知らない場所に来てしまっていた。

戻ろうと思い振り返っても、自分がどっちから来たのかわからない。

実際はそんなに難しい迷路ではなかったのだろう。けれど、弱虫だった少女はそこから動けなくなった。

どうしよう。家に帰れない。

そんな不安が、少女の涙を呼んだ。

一粒涙が流れてしまえば、もう止まりはしない。

後から後から溢れ出て、とうとう少女は泣き出した。


ポツン。


額に何かが当たり、少女は空を見上げる。

雨だ。

服はびしょ濡れ、顔はどろどろ。

もう、どうすることも出来なかった。




「・・・少し、過去のことを思い出して・・・感傷に浸ってたのかもしれないな、私。」

空を見上げては言った。

クラウドは目を細めてを見つめる。

「・・・俺はあの時、を早く見つけてやることが出来なかった。」

悔しかった。

遊び場に戻ってみれば、はいなくなっていて。

目を見開いた瞬間、雨が降り出した。

は一人を恐れる。そんなこと、当たり前のようにわかっていたはずなのに。

どうして、を一人にさせてしまったのだろう、と思って。

「・・・でも、今は早く・・・来てくれたよね。」

はニッコリと笑って言った。

息を切らせて駆け付けてくれた。本当に慌てた表情を浮かべて。

「ありがとう」

は微笑んだ。

クラウドはの頭に手を置き、目を細めたまま呟くように言った。

「・・・泣くなよ。」

「泣いてないよ?」

「・・・涙、出てる。」

「雨、だよ。」

クラウドは頷く。

「雨は、誰かの涙だから・・・。が泣きやめば、雨も上がる。」

は目を見開き、クラウドを見つめた。

次の瞬間、は顔をくしゃくしゃに歪めて、クラウドの胸にすがり付いた。

「ごめんな・・・。」

やっぱり、自分達は二人一緒じゃないと駄目なんだ。

クラウドはを抱きとめ、の涙を一緒に流した。



あのとき降ってきた雨は、間違いなくのものだった。

その証拠に、息を切らせてクラウドが迎えに行った瞬間、少し大降りになった。

が、声を上げて泣きながらクラウドにすがり付いてきたから。

けれどその後、が泣き止むとすぐに雨は上がった。


だから。




「・・・泣くな・・・。」




もうずっと放さない。やっと捕まえた。

もう、絶対に手放さない。そう決めた。




しとしと、






しとしと、









<完>


=コメント=
なんとなく書きたくなったもの。
娘のフィアの出番はほとんどありません(爆笑
雨ってねー。。。苦手なんですよ。明希妃も。
だって外出するのに歩きじゃないと駄目だし(チャリ使えないし(そういう問題?
あー、雨嫌い(爆笑 [PR]動画